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【長崎】普賢岳噴火から30年

2020年11月17日

雲仙普賢岳が198年ぶりに噴火して17日で30年です。噴火活動は終息していますが、山頂の溶岩ドームは今も崩落の危険があり、地元では防災訓練が続けられています。30年前に普賢岳を取材した溝田記者のリポートです。噴火の翌年、1991年5月20日に姿をあらわした溶岩ドーム。これまでに2億9000万立方メートル、東京ドーム234杯分の溶岩を噴出し、土石流や火砕流を繰り返しました。いま現在も、山頂には約1億立法メートルの溶岩が残され大地震などによる大崩落の危険が指摘されています。山頂の溶岩ドームは幅500メートル、長さ600メートル。国土交通省の雲仙復興事務所では、溶岩ドームが崩落した場合のシミュレーション映像を作り警戒を呼びかけています。崩壊の程度によってケース1から5段階の想定があり最悪の場合、土砂は海岸まで到達すると予想しています。その溶岩ドーム崩落による土砂災害を食い止めるため、ふもとの水無川下流には巨大な堰堤、砂防ダムが完成しています。約1600世帯が暮らす水無川流域の安中地区では、溶岩ドームや眉山の崩壊を想定した避難訓練を実施しています。この日も33の町内会が参加して避難場所などを確認しました。島原市では、普賢岳に異変があった場合は、防災無線をはじめ防災メールや防災ラジオなどで避難を呼びかける態勢をとっています。198年ぶりの噴火から半年余の1991年6月3日、午後4時8分。大火砕流が上木場地区を襲い、避難勧告地域で取材を続けていた報道関係者。そして地域を警戒していた消防団員など43人が命を落としました。島原地震火山観測所の所長だった太田一也さん85歳。ふるさと島原で、噴火災害の記録に情熱を燃やしてきました。噴火から30年。火山学者として次の世代に贈るメッセージです。太田さんは「危険が迫った場合、命に関わる場合は、無視してはいけない。いろんな避難勧告にせよ、われわれ火山の専門家の忠告を。それは本人のためです。人のためじゃなくて本人のためなんです。家族のためなんです」と話しました。