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【長崎】43人犠牲の普賢岳大火砕流から30年

2021年06月03日

43人の死者・行方不明者を出した雲仙・普賢岳の大火砕流から6月3日で30年です。被災した島原市では5年ぶりの追悼式が開かれました。1991年6月3日午後4時8分に発生した大火砕流では報道関係者16人、消防団員12人、住民6人、タクシー運転手4人、フランス人とアメリカ人の火山学者3人、警察官2人、当時20歳から68歳までの43人が犠牲となりました。午前10時、大火砕流で被災した住民向けに造成した仁田団地では、5年ぶりに追悼式が開かれ、遺族ら約120人が出席しました。遺族を代表して地元の消防団員だった大町安男さん(当時37)の妻・寿美さん(64)が30年を振り返りました。島原市内の小中学校では、噴火災害の記憶を伝承するため追悼行事が開かれました。島原市立第五小学校では新型コロナ対策としてリモートで各教室をつなぎ全校集会が開かれました。集会では4年生が「いのりの日」に寄せる思いについて発表し、被災者の講話も行われ、児童たちは真剣に耳を傾けていました。集会のあと全校児童はそれぞれの教室から普賢岳の方向を向いて黙とうしました。報道機関の撮影拠点だった「定点」の一帯は、今年、被災した車3台が掘り起こされ「災害遺構」として整備されました。大火砕流が発生した午後4時8分、 鳴り響く鐘やサイレンとともに、島原は追悼の祈りに包まれました。