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【長崎】家族・交流証言定期講話 25歳女性が初講話

2022年05月12日

長崎の被爆体験を語り継ぐ「家族・交流証言」の定期講話が長崎原爆資料館で開かれました。

被爆3世で25歳の峯松絢音さん(25)は「証言者」として初めての講話に臨みました峯松絢音さん(25)は「戦争について語る人がいなくなった時、私はまた戦争が始まってしまうっていうふうに思っているので語り継ぐことはこれからも続けていきたい」と話します。

家族・交流証言推進事業は高齢化する被爆者の代わりに体験を継承しようと市が主催し、現在、県内外の48人が「証言者」の認定受け、被爆者38人の体験を引き継いでいます。

被爆3世で西彼・時津町の会社員、峯松絢音さん(25)は、2年ほど前に「家族・交流証言推進事業」の交流会に参加し「被爆者が高齢化していく中、平和の大切さを伝えていきたい」と爆心地から3.5キロの銅座町で9歳の時に被爆した門隆さん(86)の証言者になることを決意しました。峯松さんは原爆症に苦しみながらも現在も平和活動を続ける門さんの半生を写真や絵を使って紹介しました。

峯松さんは「1945年8月9日11時2分原子爆弾が炸裂。原子爆弾が炸裂した瞬間、空がピカッとピンク色に光りました。そしてその次の瞬間、『ブオーン!』と、ものすごい爆発音が聞こえてきたのです。門さんはすぐさま親指で耳をふさぎ、残り4本の指で目を押さえて地面に伏せました。『おかあちゃん!おかあちゃん!』、門さんは必死にお母さんを呼びました。お父さんは爆心地から1.3キロ離れた三菱兵器製作所大橋工場で被爆しました。戸板に寝かせられ、6、7人に担がれて帰ってきたのでした。全身にやけどを負い、シーツを包帯のようにし、全身にぐるぐるに巻かれた状態です。目、鼻、口だけが開いています。耳元で『お父ちゃん!お父ちゃん!』何度も声を掛けました。しかし、お父さんは『うーん、うーん』と唸るだけです」など語りました。

峯松さんは「まずは長崎で原爆が落ちたっていう事実があったことを知っていただきたいというのと、その上で自分は何ができるんだろうと考えてもらえるきっかけになるといいな」と話しました。定期講話は毎月、第2木曜日と第4日曜日の月2回、長崎原爆資料館で開かれます。