被爆から81年を迎えた長崎で、核兵器を巡る世界の現状と日本の立ち位置を考えます。
8月9日、長崎市の平和祈念式典で鈴木史朗市長は平和宣言を読み上げ、「核抑止論は極めて危うい」と訴えました。
一方、世界ではいま、核抑止力を強化する動きが加速しています。
NCC長崎文化放送は、ロシアと国境を接するバルト三国・リトアニアのオーレリウス・ジーカス駐日大使と、河野太郎元外務・防衛大臣に、核を巡る世界の変化と日本が果たすべき役割について聞きました。
リトアニアでは、核兵器の国内配備を禁止する憲法の規定を削除する手続きが進んでいます。
リトアニアの現在の憲法は、ソ連からの独立回復後の1992年に制定されました。当時のリトアニアは「核兵器のない世界」を目指していたとジーカス大使は話します。
しかし、その後30年余りで世界の安全保障環境は大きく変化しました。
リトアニアは2004年にNATOに加盟。ジーカス大使は、NATO加盟国の中で核兵器に関する憲法上の制限があるのは現在、リトアニアだけだと説明し、「リトアニアもNATO加盟国と同じような立場をして、これから憲法を変えよう」と考えていると話しました。
その背景にあるのが、隣国ロシアへの強い警戒感です。
ロシアによるウクライナ侵攻について、ジーカス大使は、一般市民が犠牲となり、街や文化遺産が破壊されている現状を指摘。
「かなり隣にその戦争が起きている」リトアニアにとっても、万が一に備え、さまざまな面で準備する必要があると話します。
さらに大使が語ったのが、日本とリトアニアの「平和」に対する意識の違いです。
日本では特に若者が「平和そのものは当たり前のこと」と考えていると感じる一方、独立を巡る歴史を持つリトアニアでは、「平和のためには戦わなければならない」という考えが強いといいます。
「平和は当たり前のことではない。そのためには努力して戦うべき」
ロシアの脅威を身近に感じる国ならではの安全保障観を示しました。
そして、核兵器についてジーカス大使は、核兵器のない世界を目指す思いを示しながらも、現在の国際情勢では核抑止力が必要だとの認識を示しました。
「いつか核兵器なしの世界に本当にもう行きたい」
そう語る一方で、
「核兵器のない世界に入るため、達成するためには、核兵器が必要」
と強調。
NATOについても、核兵器があるからこそ長年、平和を守り続けてきたとの考えを示し、「これからも核兵器なしというのは多分できない」と話しました。
核廃絶を理想として掲げながらも、ロシアと国境を接するリトアニアにとっては、現実の安全保障を考えれば核抑止力が必要――。
そこには、長崎が掲げる「核抑止論は危うい」という考えとは異なる、厳しい現実があります。
一方、河野太郎元外務・防衛大臣は、核を巡る世界の情勢について、変化をもたらした大きな要因として3つを挙げました。
1つ目は、ロシアによる核の威嚇です。
ウクライナ侵攻を巡り、ロシアが核兵器を使った脅しを行っていることについて、「極めてけしからん」と批判しながらも、それが現実に行われていることを指摘しました。
2つ目は、中国による核戦力の増強です。
河野氏は、NPT=核拡散防止条約では核保有国が核兵器を減らす努力をする義務があるはずなのに、中国が核兵器の数を増やしていることは「全く逆行する」と指摘しました。
そして3つ目が、アメリカの「核の傘」に対する日本の不安です。
これまではアメリカの核拡大抑止に頼ることで議論が終わっていたものの、トランプ大統領のもとで「果たして破れ傘じゃないのか」という議論が出てきたと説明します。
こうした状況から、日本が自前の核兵器を持つべきだという議論が出てくることについては、「議論としてはあり得る」としました。
しかし河野氏は、日本が核兵器を保有すれば、韓国も核保有に動く可能性が高く、さらに中東などにも核兵器を持とうとする動きが広がると指摘します。
核保有国が増えれば、ヒューマンエラーやテロ、何らかの誤操作などによって核兵器が使用される可能性が「飛躍的に高まる」とし、
「みんなが核を持つと、やっぱりこの地球は安全ではなくなる」
と話しました。
その上で、日本の核保有について、
「核保有という議論はあるかもしれないけども、日本としてはそれはあまり安全にする選択肢ではない」
との考えを示しました。
さらに、日本が核兵器を保有する場合の現実的な問題として、核実験をどこで行うのか、原子力発電所の核燃料をどうするのかといった課題もあると指摘しました。
では、日本はどうすべきなのか。
河野氏は、日米関係やアメリカの核拡大抑止を頼りながら、まずは核兵器を減らしていくことが必要だとしています。
究極的には核廃絶が望ましいとした上で、そのために「現実的にどう動けるのか」を考える必要があると指摘。
そして、最後に長崎・広島の被爆経験を持つ日本だからこそ果たせる役割について語りました。
「日本は長崎、広島、この経験がある国ですから、やっぱりそこは日本としては、ある意味先頭に立つ必要があるし、日本だからそれはできることじゃないかなと思います」
核兵器を巡る世界の現実は、大きく揺れています。
「核抑止力は必要だ」とする国がある一方で、核兵器の拡散が新たな危険を生むとの懸念もあります。
被爆地・長崎から世界を見るとき、理想としての「核廃絶」と、現実の安全保障との間には、いまなお大きな隔たりがあります。
その隔たりをどう埋めていくのか――。
被爆81年の長崎から、核を巡る世界の現実を考えます。