「核兵器をなくしていくキーワードは何だと思いますか?」
そう尋ねると、国際交流NGO「ピースボート」共同代表の畠山澄子さんは、少し考えてこう答えました。
「『人間らしさ』じゃないですか。人としてのつながりとか、人間として何を大事にしたいかとか、人間らしさ」
核兵器は、なぜなくさなければならないのか。そして、核兵器のある世界を変えるために、何が必要なのか。埼玉県生まれの畠山さんは、ペンシルベニア大学大学院博士課程で科学技術史を学び、現在は核のグローバル史や科学技術と社会を専門に研究しています。
核兵器の問題に深く関わるようになった原点は、18年前、初めて乗ったピースボートでした。
「本当にたまたま、私は地球一周をしたいだけの人間だったんですけど、たまたま乗った船に、たまたまたくさんの被爆者の人たちが乗っていて」
被爆者と一緒に食事をし、話をする中で、原爆が「歴史上の出来事」ではなく、目の前にいる人たちが実際に体験したことなのだと気づいたといいます。さらに、20年、30年と被爆者運動に関わり続ける人たちの姿に衝撃を受けました。
「当時の自分の年齢よりも長い時間をかけて、何か一つのことに取り組んでいるってことが、自分の中では衝撃だったんです」
その経験から、知るだけではなく、「現状を変えるために動く」ということを初めて意識したといいます。通訳でも、荷物を運ぶことでもいい。「自分もできることあるなら、やってみようかなぐらいの軽い気持ち」だった活動は、いつしか人生の中心になっていきました。
「被爆者の人たちの役に立てたらいいなぐらいのことだったんですけどね。いつの間にかここに。たくさんの人に育ててもらいました」
80年にわたり、核兵器とともに生きてきた世界。その間、広島、長崎だけでなく、核実験や核開発などによる被害が世界各地で生まれてきました。畠山さんは、核兵器の問題を考えるうえで、こうした「核のある世界のリアリティ」を直視する必要があると話します。
「ここまで弱いものにしわ寄せを与えて、本当に多世代にわたって取り返しのつかない被害をもたらすと分かっている兵器を、使い続けるっていうことは、人道的じゃない」
では、なぜ核兵器をなくさなければならないのか。その問いに対する畠山さんの答えは、「人の尊厳」でした。広島、長崎の被爆者がどのように亡くなり、その後どのように生きなければならなかったのか。そして世界の核被害者の経験を聞けば聞くほど、「こんな形で尊厳を奪う兵器があってはならない」という思いが強くなるといいます。
さらに畠山さんが問題視するのは、核兵器による「恐怖」を前提に安全を保とうとする考え方そのものです。
「恐怖を押しつけることで均衡を保とうとするという考えが、あたかも当たり前かのようにさせられる。そのこと自体も、すごく人間の尊厳とか、そういった一番大事なものをないがしろにしている兵器だなと思います」
一方で、核兵器廃絶への道のりは簡単ではありません。畠山さんがまず必要だと考えるのは、現在起きている戦争を止めることです。大国が武力によって物事を解決する方向へ戻っている現状を変え、国際法や外交によって紛争を解決できるという「成功体験」を積み重ねる。そうした信頼醸成を地域から世界へ広げていかなければ、核兵器廃絶の具体的な議論には進めないといいます。
「とにかくまずは戦争を止めること、それから戦争じゃない手段で争いを解決するんだという原理原則に戻るっていうのが大事じゃないかなと思います」
核抑止についても、感情的に否定するのではなく、その効果が本当に機能しているのかを検証していくことが必要だと話します。そのうえで、国際的な合意と外交努力によって、軍縮、そして廃絶へ進むことは可能だと考えています。
畠山さんが講義を行った立教大学で、学生たちにも核兵器について問いかけました。
「今、核兵器のある世界に私たちは生きていますが、核兵器はあってもいいか、それともなくなっていった方がいいか」
学生からは「なくなった方がいい」という声が相次ぎました。
一方で、「核の抑止力によって戦争が起こっていない地域に住んでいる人たちからすれば、核をなくして戦争が起きたらどうするのか、という考えもあると思う」と、単純に結論を出せないという意見もありました。
「最終的に全くなくなるのが本当にいいことなのかどうかは分からないけど、でも全体量が減っていくのは、絶対にいいことなんじゃないかな」
核兵器をめぐる議論には、安全保障という現実的な問題があります。だからこそ、さまざまな考えを持つ人たちが考え、議論し続けることが必要なのだといいます。
畠山さんが大切にしているのは、もっと素朴な感覚です。
原爆投下直後の広島や長崎の写真、核実験で巨大なキノコ雲が立ち上る映像を見て、「これが自分たちの望む世界だ」と思う人は少ないはずだといいます。
だからこそ、
「あれは嫌だ、これは怖いっていう感覚を、私たちはもっと大切にしていい」
その感覚を声に出し、理想を現実にしてほしいと政治に求めることは、決して間違いではない。
「それこそが、社会の一員として生きるっていうことなんだと思います」
そして、「原爆って嫌だな」「核兵器って怖いな」と一度でも思ったことがあるなら、その気持ちは間違っていないと強く語ります。その感覚を多くの人と共有できれば、社会は変わり、核兵器はなくなる。
畠山さんは、そう信じています。
8月4日。
ピースボートが長崎港に寄港しました。
長崎市の鈴木市長は、核兵器がもたらす非人道性を「諦めずに伝えていく」ことの大切さを語り、「長崎を最後の被爆地に」と呼びかけました。長崎を訪れた畠山さんは、改めて被爆地の持つ意味を感じたといいます。長崎には、長い間活動してきた被爆者だけでなく、「語ってくることができなかったけれども、被爆の記憶とともに生きてきた人たち」がいる。そうした人たちの存在を改めて感じ、「また頑張らなきゃ」と思ったといいます。ただし、被爆地だけに特別な役割を背負わせたいわけではありません。
「長崎の皆さんには、そんなに特別な役割を担わせるつもりも何にもなくて、一緒にやっていきたい」
その一方で、被爆地には「特別な歴史的な意味を持った、特別な役割を持った場所」であることも知ってほしい。その歴史を、戦争のない、核のない世界のためにどう生かしていくのか。「一緒に考えたい」と話しました。
そして最後に、もう一度、畠山さんに聞きました。
「核兵器をなくしていくキーワードは何だと思いますか?」
返ってきたのが、「人間らしさ」という言葉でした。
被爆者が語る「原爆は人が人として死ぬことを許さなかった」という言葉。
畠山さんは、その意味をこう説明します。
「人の心があった時に、原爆みたいなことを許せないって思うんじゃないかなっていう意味で、良心みたいな」
核兵器をめぐる議論は、国家の安全保障や抑止力という言葉で語られがちです。
しかし、その根底にあるのは、「人間として何を大切にするのか」という問いなのかもしれません。
NCC長崎文化放送が制作した全国ネットの報道ドキュメンタリー「テレメンタリー2026『核を抱く星 ―VOICE―』」では、核兵器をめぐる世界の現実と、そこに向き合う人々の声を描きます。
長崎県内では、8月8日(土)午前5時20分から放送します。全国各地の放送日時は、「テレメンタリー」公式ホームページに掲載しています。