
高校野球長崎大会で、特別な思いを胸にスタンドから声援を送る一人の球児がいました。長崎工業高校野球部の学生コーチ、前田直生さんです。
春の県大会までは背番号20を背負い、三塁コーチャーや伝令としてベンチからチームを支えていた彼が、なぜこの夏、グラウンドではなくスタンドにいたのか。そこには、チームの勝利を願う、強気の覚悟がありました。
先月、夏の大会に臨む20人のメンバー発表が行われました。高比良俊作監督が1番から順番に名前を呼ぶ中で、最後に名前を呼んだ20番は、前田さんでした。
しかし、背番号を受け取った直後、前田さんはチームメイトの前で 「自分が20番をつけてベンチに入るのは違うかなって思っていて。この20番を、副キャプテンの濱谷に託そうかなと思っています。」と背番号を同級生に譲ったのです。
前田さんは、日頃から履物を揃えたり道具の準備をしたりと、些細なことによく気づく濱谷選手の力を信頼し、自ら背番号20を濱谷選手に渡しました。
学生コーチとして、厳しい言葉を投げかけながらチームを作り上げてきた前田さんに対し、監督は「20番を渡すのは、直生自身の高校野球の総決算、一番最後の仕事やったんやろうと思います。」とその決断を尊重しました。
背番号を託された濱谷選手は、「直生だってベンチに入りたいはずなのに……その期待に応えられるように頑張りたい。」と、友の想いを背負って戦うことを誓いました。
前田さんがスタンドから声を張り上げる中、チームは1回戦を突破。続く2回戦の相手は、県内屈指の強豪・海星高校でした。加賀江善大主将が「直生の分もしっかり勝って、もう一回ベンチ入りできるように」と語った通り、選手たちは前田さんのために奮闘します。
試合は、スタンドからの前田さんの声援に導かれるように、長崎工業が6回に4点を先制すると、9回にノーアウト満塁のピンチを招くも、2失点に抑え勝利。第8シードの強敵を撃破し、舞台は準々決勝の「ビッグNスタジアム」へと移りました。
準々決勝の相手は第1シードの長崎日大高校。3回に2点を奪われ先制を許すも、直後に逆転。しかし8回裏へ、第一シード長崎日大に逆転を許すとそのままゲームセット。
長崎工業野球部の夏物語は準々決勝で幕を閉じました。
試合後、涙が止まらない前田さんに、高比良監督は力強く声をかけました。
「お前が一番。お前がこのチームを作ってくれたけんな。直生が全部この夏、ここまで連れてきてくれたと思ってます。」
全試合で背番号20を背負い、前田さんが務めていた3塁コーチャーの役割を全うした濱谷選手もまた、「前田には感謝しかなくて。試合に入ったら自信しかなかった」と語り、二人で固い握手を交わしました。
自分の背番号を仲間に託し、最後まで「チームの勝利」のために声を出し続けた前田直生さん。彼が作った長崎工業の絆と「20番」の物語は、後輩たちへと引き継がれていきます。