23日、結成70年を迎えた長崎原爆被災者協議会は、核兵器廃絶と戦争反対を訴える声明を採択しました。あわせて、被爆者運動の歴史を伝える新たな展示スペースを公開し、平和への願いを次の世代へ引き継ぐ決意を新たにしました。
長崎原爆被災者協議会・阿部明恵評議員(63):
「これからも長崎被災協は被爆2世、3世、若者、平和を願う人々の協力、支援で、核兵器廃絶、国家補償の援護法の旗を掲げ、被爆証言活動、被爆者運動を引き継いでいくことを誓います。長崎を最後の被爆地に」
長崎原爆被災者協議会は、1954年のビキニ環礁でのアメリカの水爆実験で、第五福竜丸の乗組員らが被ばくしたビキニ事件を機に広がった原水爆禁止運動の流れを受け、故・山口仙二さんらの呼びかけで、1956年6月23日に結成されました。
この年の8月10日には、2024年にノーベル平和賞を受賞した日本被団協も長崎市で結成されました。結成70年の声明では、核兵器廃絶は「世界の本流」だとした上で、日本政府に核兵器禁止条約への参加を求めています。
また、被爆者運動を次の世代へと伝えようと、結成70年事業としてリニューアルを進めてきた地下講堂の展示スペースの除幕式も行われました。これまでの展示は、被爆瓦など原爆被害の実相を伝える内容が中心でした。新たな展示では、被爆者たちが苦しみを乗り越えながら、「二度と被爆者をつくらせない」と訴え続けてきた70年の歩みに焦点を当てています。
展示室には、「被爆者の店」で販売されていたマリア人形や、被爆詩人・福田須磨子さんゆかりのぎんなん人形、車いすの語り部として知られた故・渡辺千恵子さんが編んだセーターなど、149点が並びます。
長崎原爆被災者協議会・横山照子副会長(84):
「被爆者の80年、被災協を結成して70年、その凝縮したものがこの中に詰まっております」
長崎原爆被災者協議会・田中重光会長(85):
「先輩たちが厳しい差別、経済的な苦しみ、健康不安の中で長崎被災協を立ち上げて、その道を私たちが今歩んできて、ノーベル賞の受賞までこぎつけたが、やはり初心忘れず、諦めず頑張っていく」
被爆者の平均年齢は86歳を超え、高齢化が進む中、被災協は、被爆の体験だけでなく、被爆者運動の歴史も伝えることで、核兵器廃絶と平和への思いを次の世代へ受け継いでほしいとしています。