東日本大震災から15年です。長崎からも追悼の祈りが捧げられました。
≪平和公園で≫
15年前のきょう、多くの人の「命」や「営み」、「古里」が奪われました。地震や津波など直接の被害で亡くなった人は1万5901人。今も2519人が行方不明のままです。
岩手・盛岡市から(38):
「15年前は突然の地震があって停電もあり、避難をしてあっという間の出来事だったので、全てを覚えているわけではないですがみんなが本当、一生懸命その日を生きるために必死だった。まだ被害に遭われた方は傷が癒えたわけではない。これから自分たちも地元であったことを子どもたちに伝えたい」
≪原爆落下中心地で≫
「震災関連死」と認定された3810人を含めると、死者・行方不明者は2万2230人に上ります。大きな被害を受けた岩手と宮城では、今も53人の遺体の身元の特定ができていません。
長崎東高校2年:
「大勢の方々が自然災害で亡くなったり、被害に遭われたというのは原爆にも通じる部分があるので、長崎という遠い所ですけど、こういう所からも毎日生きる喜びを発信していけたらなと思っています」
≪県庁で≫
震災当時、国交省で、復興・復旧に関する予算をとりまとめ、知事就任前には復興庁統括官を務めた平田知事。県庁前に掲げた弔旗の前で黙とうを捧げました。
いまなお避難生活を余儀なくされている人は、全国で2万6281人に上り、県内でも35人が応急仮設住宅や親族宅などで避難生活を続けています。
平田知事:
「長崎県ももちろん、いつ大きな災害があってもおかしくないわけで、常にその備えをしておくということ、このことについては、県のトップとして、県民の生命・財産を守ることは一番大事な仕事ですので、防災対策をしっかりやっていくということについては決意を新たにしたところです」
≪長崎シビックホールで≫
被災直後や復興の様子を伝えるパネル展も開催されています。
主催者・仙台市で被災 奥村志都佳さん(56):
「今回会場に来て下さった一緒に黙とうして下さった方たちが、東日本大震災に対してご自身なりに何か捉えどころが何かあって、それが今度、長崎の近しい人たちと何かのアクションだったり、語り合いの場につながれば」
≪眼鏡橋で≫
高校生・岐阜県から:
「安らかに休んでいただきたいなという気持ちが強いです」
一人ひとりが『あの日』のことを忘れずにいることが、記憶の継承につながります。