8月、大村市で見つかった不発弾が、6日撤去されました。安全に作業するための防護壁などの設置費として、県は1740万円を支出します。
不発弾は長さ1m10cm、幅35cmの、戦時中のものとみられる250kg爆弾です。
8月17日(月)に、郡川河川敷の福重橋の下にあるのを、市民が発見しました。
県などは24日(月)から、安全に処理するための防護壁や土嚢の設置を進めていました。費用の1740万円は県が支出するということです。
作業当日の6日は、午前7時20分に、県や大村市、陸上自衛隊の不発弾処理隊などによる対策本部が、現場から約400m離れた大村市役所福重出張所に設置され、信管を取り外す方法などを確認しました。
午前7時30分には、現場から半径283mの範囲に避難指示が出されました。
範囲内には住宅276世帯と23の事業所が含まれ、市によりますと、4カ所の避難所に、一時16世帯29人が避難したということです。
避難した住民:「まさか戦後81年経って出てくるのと、もうそれだけ。ざわざわする、落ち着かない。早いことどうにかしてほしい」「自衛隊の方もベテランでいらっしゃると思うが、中に入ってする作業じゃないですか。何もないようにだけ祈っている」
また、周辺の道路も通行を規制したほか、JR九州は西九州新幹線上下6本と大村線の一部区間の運行を見合わせました。
現場では陸上自衛隊の隊員5人が防護壁の中に入り、午前9時8分に、不発弾の弾頭部分を切って信管を抜き取る作業に着手。
作業は順調に進み、約2時間半後の午前11時35分、対策本部長が作業完了を確認し、安全宣言を出しました。爆弾本体はクレーンで不発弾処理隊の車に移して回収され、安全に処分されるということです。
大村市の園田市長は、1944年の空襲に触れながら、次のように述べました。
園田大村市長:「無事に安全に、すべての作業が完了し、不発弾が処理できて、本当に関係の皆様に心から感謝をしたい。この近隣には中学校も小学校もあるが、子どもたちにおいては、戦争のというところを振り返る一つのきっかけにもなったのかなというふうにも思っている」
また、今後、不発弾が見つかった場合も、今回を教訓に安全に対応したいと話しました。