長崎市の料理研究家で被爆者の女性が、保育園児に戦時中の食生活を通して平和の尊さを伝えました。
長崎市大橋町の「文教おんがく保育園・凛」が、被爆者の声を聞く機会をつくろうと招いたのは、長崎市の脇山順子さん、89歳です。
脇山順子さん:
「先生のお友達は、ピカ・ドン、もうそれで終わり。亡くなっちゃった。一瞬にして、一瞬ってね、ピカッてなったときに光が当たるでしょう、そしたらもう真っ黒こげになっちゃう」
脇山さんは、小学3年生だった8歳の時、爆心地から3.3キロの鳴滝町の自宅で被爆。料理研究家として長崎の食文化を発信する傍ら、戦時中の食卓を再現する料理教室を開くなど、子どもたちに食を通じて戦争の記憶や平和の尊さを伝えています。
脇山順子さん:
「一番下の弟は4歳だったかな、キノコ雲の時は。だからちょうど皆さんくらいのとき、うどんの1本しか食べられなかった。食べ物がないってそんな感じだったよ」
4、5歳児10人は、一升瓶に入れた玄米を棒で突いて外皮を取る瓶づき精米を体験したり、配給で小麦粉が手に入った時だけ食べられるごちそう、「すいとん汁」を味わったりして、戦争の怖さや食のありがたさを学びました。
園児:
「(すいとん)おいしかった(何を教わった?)武器なんかいらない」
園児:
「おいしい味だった(どんなことを教えてもらった?)爆弾を落とさない」
脇山順子さん:
「自分たちが食べているもの、それが幸せにつながってる、今につながって生きてるんだなと、その原点に戻って振り返ってもらえればありがたいかなとそういう気持ちでした」
子どもたちは、お礼に折り鶴と、反戦の願いを込めた「青い空は」の合唱を贈りました。