「被爆時の言えなかったこと多々ありて 今こそ今だからこそ言える哀しみ」
被爆81年となる8月9日の平和祈念式典で、被爆者代表として「平和への誓い」を読み上げる本村チヨ子さん(87)。
6歳だったあの日。
爆心地から4.5キロ離れた、旧福田村(現在の長崎市小江町)の自宅の縁側で、宿題をしていました。
原爆が炸裂すると同時に、爆風で体が庭にたたきつけられました。
「ガラガラガラと音がするのと同時でしたね。祖母が私の上にかぶさってくれたのは」
近くにあったガラス戸は粉々に。祖母が身を挺して、本村さんを守ってくれました。
しかし大けがを負った祖母は、半年後に50歳で早世しました。
「私の命と祖母の命を引き換えた」
その思いを、本村さんはずっと引きずってきたといいます。
人前で被爆の体験を語るようになったのは、70歳の頃からでした。
「自分の言葉でまだ伝えることができるという、この健康を、おばあちゃんに感謝したい。助けてもらった命を最後に使い切りたい」