長崎七不思議の地に息づく、明治20年創業の老舗「寺も無いのに大徳寺」長崎市民に古くから親しまれるこの不思議な場所に、1887年(明治20年)から暖簾を掲げ続けるのが「大徳寺焼餅 菊水」です。
店舗は1916年(大正5年)に建てられた趣のある木造平屋建てで、入り口には初代が掲げた明治時代の看板が今も現役で残っています。かつては「梅が枝焼餅」の名で親しまれ、夜遅くまで多くの人が集う景勝地・デートスポットとして賑わったこの場所は、今もなお、訪れる人々をタイムスリップしたような感覚に包み込んでくれます。
長年店を支えてきた3代目店主の利治さんが2026年2月に92歳で亡くなった際、店は一時休業を余儀なくされました。しかし、「母がやれる範囲でまだできるものなら」と、4代目の松本隆さん(59歳)が後継者として立ち上がりました。
現在は、25歳で嫁いで以来63年間店を守り続けてきた母親の久良子さん(88歳)と隆さんの二人で店を切り盛りしています。再開を心待ちにしていた多くの常連客の「良かった」という声が、二人の大きな支えとなっています。
「大徳寺焼餅 菊水」では、注文を受けてから一つひとつ形を作り始めるのが昔からのスタイルです。焼きの工程では、初代の時代から使い続けている百数十年の歴史を刻む道具にゴマ油をひき、ガスの直火で一気に焼き上げます。
4代目の隆さんが最も大切にしているのは、焼ける際の「音」です。最初は「ジューッ」という音から始まり、焼いている間はずっと「パチパチ」という音が響きますが、絶妙な焼き上がりの瞬間にその音がふっと消えるのだといいます。隆さんはこの微細な変化を耳で聞き分け、外側の食感を完璧な状態へと導きます。
中身のあんは、創業以来「こしあん」一種類のみ。現在は、高齢となった両親に代わり、当時と同じ味を再現できる場所へ外注していますが、その「甘すぎない絶妙な味わい」は139年前から変わりません。焼き上がったばかりの餅は、外側は薄皮でカリッと香ばしく、中は温かなあんこがトロリと溢れ出します。
1個200円(4個入り800円)という手頃な価格ながら、「食べれば元気をもらえる」と多くの客を笑顔にするその美味しさは、長崎の地で大切に守り抜かれてきた情熱の結晶です。
2026年、アメリカの有力紙ニューヨーク・タイムズが発表した「世界各地の旅行先の中で2026年に行くべき52カ所」に長崎が選出され、その中で同店も紹介されました。
この記事をきっかけに、現在は地元のファンだけでなく、世界中から多くの観光客がこの味を求めて訪れています。日本の古き良き雰囲気と、変わらない伝統の味は、国境を越えて多くの人々を魅了しています。
「曽祖父の時代からやってきたことを、できるだけ昔のまま保っていきたい」と語る隆さん。現在は限られた日数での営業ですが、将来的には専業としてこの伝統を守り抜く決意を固めています。
「お客さんが楽しみにしてくれることが一番嬉しい」と微笑む久良子さんと、その背中を追う隆さん。親子の情熱によって焼かれる熱々の焼餅には、139年の歴史と未来への希望が詰まっています。
【店舗情報】
店名: 大徳寺焼餅 菊水
場所: 長崎市 大徳寺公園内
営業時間: 10:00〜15:00(不定期営業のため、訪れる際は営業日の確認をおすすめします)