マレーシアから長崎大学に留学しているアハマド イマン ハムザ ビン アハマド スフィアンさん(22)愛称イマン。 長崎在住4年目の彼が、番組の企画で長崎市の平和公園とその周辺を歩きました。
平和公園で、海外からの来訪者にインタビューしたイマンは、長崎市の名誉市民 永井隆博士が最後の日々を過ごした「如己堂(にょこどう)」を目指します。
イマンお気に入りの「浦上天主堂が見える丘」を下り、「サントス通り」へ。永井隆博士が亡くなるまでの3年間を過ごした「如己堂」です。永井博士が、聖書の一節「己の如く隣人を愛せよ」という言葉から「如己堂」と命名しました。(長崎市永井隆記念館HPより)
隣にある「長崎市永井隆記念館」に永井博士の孫で記念館館長の永井徳三郎さんを訪ねました。
レントゲン医師だった永井博士は仕事中に白血病になり、余命3年の宣告を受けた2か月後に被爆。自身も重傷を負いながら被爆後2か月にわたって、被災者の救護活動にあたりました。
イマン
「隆さんも救護の最前線で」
永井徳三郎館長
「自身も大けがをしてますので、時々意識を失いながらも活動を続けるような」
二人の子どもは助かりますが、妻 緑さんは自宅で原爆に遭い亡くなりました。形見のロザリオは原爆の熱で焼けただれ、原形をとどめていません。
永井徳三郎館長
「妻が亡くなったというのは言葉では言えない痛切なものがあったと思いますが、そういう部分は犠牲にして人の命を助けていたということでしょうかね」
イマン
「そんな中でも他人のためにベストを尽くすヒーローと言えるのでは」
その後、永井博士は白血病が悪化し、寝たきりとなりますが本を書きます。原爆の悲惨さや、平和の尊さ、親から子への思いなど17冊を書き上げました。
イマン
「最後の被爆地だからこそ、平和の大切さを世界に発信するのは大切なことですよね」
永井徳三郎館長
「そんな中でも永井の『隣人愛』というのは、とりつき易いかもですね。『自分の身近な人に愛をもって接すること』は、きょうからでも開始できる平和活動だと思います」
長崎市永井隆記念館
住所 長崎市上野町22-6
電話 095-844-3496
開館 9:00~17:00
入場料 一般(15歳以上)100円
小中高生は無料
休み 12月29日~1月3日
ノーモア・ナガサキ194508091102
8月9日(土)0:00~24:00
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