国が定めた援護区域の外で長崎原爆に遭った「被爆体験者」が被爆者健康手帳の交付を求めた訴訟で、長崎地裁は原告44人のうち亡くなった2人を含む15人を「被爆者」と認める「一部勝訴」の判決を出しました。
その表情は落ち着いていました。長崎市南部に住む原告団長の岩永千代子さん88歳。運動を始めて21年、提訴から17年、節目の朝を迎えました。胸に浮かんでくるのは、この日を迎えることなく亡くなった仲間たちのことです。
被爆体験者訴訟原告団長・岩永千代子さん(88):
「私たち、ありのままを誰もうそつきませんよ、年をとって死にかかってる者がね。勝つということによって私たちがやってきたことが間違いじゃなかったって言いたいよね、亡くなった人にね」
これまで何度となく通ってきた裁判所への道。近づくにつれ不安も感じ始めました。
岩永千代子さん(88):
「全面勝訴ね、不安はありますね、今までの経緯があるから。亡くなった人の思いがぐっとくるからね、ごめんね今になってしまってねと(言いたい)」
国は放射線の影響を認める爆心地から半径5キロを前提に、当時の長崎市民などを被爆者と認める援護区域に指定。12キロ圏内で「被爆者」と「被爆体験者」に線引きし、医療費や手当など支援に大きな差が生じました。岩永さんら被爆体験者は原爆の炸裂後、放射性微粒子を含む灰や雨が降り注ぎ、汚染された水や農作物を体内に取り込み、「内部被ばくした」と訴えてきました。
過去に最高裁まで争い、「放射線による健康被害が生じた可能性があるとはいえない」として、敗訴が確定しましたが、岩永さんら44人が再び提訴。(うち4人死亡)今回の裁判では、原告一人ひとりの実体験や健康被害の状況を個別に立証・主張してきました。
そして、迎えた判決の日。最大の争点は、被爆者の要件として法律が定める「放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」に原告が該当するかがどうか。その上で注目されたのが、3年前の広島高裁判決です。
援護区域外で放射性降下物を含んだ「黒い雨」を浴びた原告84人全員を被爆者と認めた上で、放射性微粒子による内部被ばくの可能性も容認。被爆者の認定は「放射能による健康被害が生じた可能性があればよい」と判断しました。「疑わしきは救済」とした画期的な判決を国も受け入れ、「黒い雨」に遭った人たちを広く救済する制度が始まりました。
原告側は、広島高裁の確定判決を踏まえて、法律の条文は「健康被害が生じる可能性がある事情に置かれていた者」と解釈すべきだと主張。原告は「放射性微粒子の影響による健康被害を否定できず、被爆者に当たる」と訴えてきました。
これに対して、被告側は「広島高裁の法解釈は誤っている」「放射能の影響については客観的な証拠が求められる」とした上で、「原告側の調査結果や意見書などは信頼性や正確性を欠く」「先行訴訟と違いはなく、異なる判断をすべき事情は認められない」として請求棄却を求めてきました。
長崎地裁の判断は…?
牛島ひかりアナウンサー:
「一部勝訴、一部勝訴です。長崎の被爆体験者が一部勝訴と明暗が分かれました」
原告44人全員ではなく15人だけを被爆者と認める一部勝訴にとどまりました。原告団長の岩永さんは認められませんでした。
岩永千代子さん(88):
「正直言ってね、落胆です。なぜ東側の人だけという科学的、合理的な根拠がまったく分かりません」
松永晋介裁判長は爆心地から東の旧矢上村、旧古賀村、旧戸石村では広島と同様、放射性降下物を含むいわゆる「黒い雨」が降ったと認定。3つの地域で原爆に遭った原告のみを被爆者と認めました。勝訴を勝ち取った原告も、悔しさをにじませました。
原告(旧矢上村)・濵田武男さん(84):
「広島では全面勝訴したのに長崎は違うというのはおかしい。気持ち良くない」
原告(旧古賀村)・ 松田ムツエさん(86):
「主人も一緒(認定)だったから良かった…。ありがたいなと思う半面、皆さん一緒じゃなかったから残念だったなという気持ち」
原告(旧古賀村)・松田宗伍さん(90):
「同じ放射線を受けているから、同じ裁判をしてもらったんだから、一様に見てもらいたかった」
被告の県と長崎市は…。
大石知事:
「国が示す基準に基づいて、しっかりと処理をするという立場と、これまでも行ってきましたけど、救済を求めるという立場もございます。両方の立場もあるので、非常に複雑な思いではございます」
鈴木長崎市長:
「今回の判決を重要な契機として、長崎県と連携の上、被爆体験者の救済に向けた取り組みを加速化して、前進させるために国に粘り強く継続して働きかけていきたい」
8月9日、被爆体験者と初めて面会した岸田総理が武見厚労大臣に指示した「合理的解決への調整」。今回の判決がどう影響を与えるのか。厚労省は「今回の判決では、被告らの主張が一部認められなかったものと認識している。今後の対応については、判決内容を精査し、関係省庁、長崎県、長崎市と協議した上で、適切に対応してまいりたい」とのコメントを出しました。
原告・山内武さん(81):
「本当に残念でなりませんけど、ただ私たちはまだ最後まで貫いていきたい」
原告団長・岩永千代子さん(88):
「超高齢者ですけど先生方と死ぬまで戦うつもりです」