
第二次世界大戦中、長崎市にあった収容所に外国人捕虜として収容され、亡くなった犠牲者を追悼する祈念式が行われ、参列者が祈りを捧げました。
戦時中の1942年10月25日、オランダやアメリカなど最大1500人の連合軍の兵士や民間人を収容するため、福岡俘虜収容所第2分所がつくられました。
川南工業香焼造船所での労働に従事させられ、終戦後の1945年9月13日に解放されるまでの間、73人が亡くなったとされています。
被爆70年を迎えた2015年9月13日に記念碑が建立されて以来、毎年、追悼式が行われてきました。
11回目となる今年は、オランダ大使館関係者や香焼中学校の生徒など約40人が参列しました。長崎市香焼町の追悼祈念碑の前で行われ、原爆が炸裂した午前11時2分に黙とうを捧げ、献花しました。
追悼平和祈念式のあとには、隣接する香焼中学校で、駐日オランダ王国大使館主催の「特別セレモニー」が開かれました。セレモニーでは、ヒルス・ベスホー・プルッフ駐日オランダ大使(64)から、長年にわたり長崎に収容されたオランダ人捕虜の追悼に尽力してきたなどとして、この収容所の犠牲者追悼碑維持管理委員会の朝長万左男代表(83)に「オラニエ=ナッサウ勲章オフィサー」が授与されました。
福岡俘虜収容所第2分所犠牲者追悼碑維持管理委員会・朝長万左男代表:
「大変うれしく思っています。突然の発表だったので全く知りませんでした。この事業を、今後、世界の平和のために貢献できるようにしていきたいと思います。もちろんそのためには、この慰霊碑を永遠に維持しないといけない。それが私の希望です」
立場の違いを乗り越え、共に平和を訴える追悼式は、来年も開催される予定です。