歌手や俳優として活躍し、長崎の被爆者として平和を訴えてきた美輪明宏さんが、20日に老衰のため、亡くなりました。
91歳でした。美輪さんは長崎市出身で、15歳の時に上京し、翌年、東京・銀座のシャンソン喫茶で歌手としてデビューしました。
1957年に「メケ・メケ」を日本語でカバーしたレコードが人気を集め、1965年には、自作の「ヨイトマケの唄」がヒットしました。「神武以来の美少年」と言われ、独特のファッションも話題に。俳優としても舞台や映画で活躍しました。
美輪さんの生家の近所の男性:「生家がそこ右に曲がった所やもんね。残念ですよ。長崎人としてはね」
美輪さんは10歳の時に、自宅のあった長崎市の本石灰町で被爆しました。家族と近くの防空壕へ逃げ込んだことや、街で大やけどを負った人を目にしたことなど、当時の光景を著書に記したり、メディアの取材に語ってきました。
平和や反戦をテーマにした歌も発表しています。美輪さんの公式ウェブサイトには、28日、訃報とともに、生前の直筆メッセージが掲載されました。「こんな世の中を生き抜く武器は愛の言葉しかありませんこの世のすべての問題を解く鍵は愛です愛があれば戦争なんか起こりません」