国内初の事例です。2024年、松浦市鷹島沖の海底で見つかった、鎌倉時代の元寇による3隻目の元の軍船。船内から発掘された当時の年代を示す「墨書」が、報道陣に公開されました。
松浦市教委事務局文化財課内野義課長:
「墨書の板としては、今回初めての確認であったということが言えます。おそらく国内では同時代の類例はないんじゃないかなと思われます」
発掘されたのは、縦12センチ、横25.2センチ、厚さ0.9センチの「墨書木板(ぼくしょもくはん)」です。
表面には墨で、年号や文字が書かれています。文字が完全には残ってはいないため、全面的な解読と内容の把握は困難でしたが、最後の行が「至元十二年」(十三年の可能性もある)という元の年号が判読できるため、西暦1275年、1回目の襲来「文永の役(1274年)」の翌年に製作されたと考えられます。また、木板の上部には釘穴とみられる穴があり、船内に釘で打ち付けられていたとすれば、乗船した兵士や船員への掲示だったと考えられるということです。
墨書木板は2024年10月、松浦市鷹島の沖合約150メートル、水深約18メートルの海底で見つかった「元寇船」の船の底から発掘されました。
市教委によりますと、元寇船をめぐる鷹島海底遺跡の調査は、1980年から行われてきましたが、今回の「墨書木板」は、形状を留めた船体から出土したこと。これまで出土例のない形態の文字資料であること。文字数において、これまでの出土文字資料を大きく凌駕するものであり、画期的な発見と評価できるということです。
広島大学大学院舩田善之准教授:
「モンゴル帝国の日本遠征を歴史学的に研究する際にもこれまで存在していない史料であり、今のところ唯一無二の史料ですから、解読はまだ不十分だとは言え、その史料的価値は他に例のない、類を見ないというのは間違いなく、さらに広く考えても歴史学、考古学において重要な資料であるということが指摘できると思います」
墨書木板は、今月28日(火)から来月10日(日)まで、松浦市立埋蔵文化財センターガイダンス施設で公開される予定です。