16年前の2009年、大村市で内縁の妻を殺害した罪に問われた75歳の男性被告の裁判員裁判で、長崎地裁は無罪を言い渡しました。
小栁亮雄記者:
「無罪です。長崎地裁は無罪を言い渡しました」
住所不定・無職の男性被告(75)は、2009年4月から6月ごろ、大村市で同居していた内縁の妻で当時48歳か49歳の松永千賀子さんの頭などを鈍器のようなもので複数回殴り、脳挫傷で死亡させた殺人の罪に問われていました。
2人は1999年ごろ、当時、松永さんが働いていた長崎市銅座地区のスナックに男性被告が客として訪れて知り合い、2006年ごろから同居を始め、内縁関係に発展しました。
2009年4月中旬以降、松永さんは行方不明となり、2009年10月21日に松永さんの家族が長崎警察署に捜索願を出しました。松永さんは、2018年5月に諫早市多良見町の山中の倉庫内で白骨化した遺体で見つかりました。遺体は倉庫内の木箱の中で土に埋められた状態でした。
県警は、殺人事件とみて約4年10カ月にわたる捜査を展開し、2023年3月2日、男性被告を殺人の疑いで逮捕。松永さんが行方不明になってから、実に14年もの時が流れていました。
長崎県警 山口善之刑事部長(当時):
「被疑者逮捕がわずかなりとも千賀子さんと(亡くなった)ご両親のご供養となり、ご遺族の皆さまの無念に少しでも寄り添うものとなってくれれば」
遺族は、「何が起こったのか、裁判の場で明らかにしていただきたい」と書面を通じて訴えました。
今年6月の初公判で男性被告は、「私は千賀子を殺していませんし、殴ったこともありません」「起訴状は全て否定します」と述べ、起訴内容を全面的に否認。検察側は、凶器といった直接的な証拠がない中、状況証拠や男性被告の知人らの証言をもとに犯行の立証を積み重ねました。
松永さんの遺体が男性被告が独占的に管理するプレハブ倉庫から見つかったことや、松永さんは、男性被告と暮らしていた大村市の自宅で殺害されたこと。松永さんの失踪当時、男性被告が周囲に対し、「北九州市の病院に入院した」とうそを言っていたことなどを挙げ、「男性被告が犯人であると強く推認できる」と主張しました。
また男性被告の知人男性は、松永さんが行方不明になった直後の2009年5月に、「男性被告から『道路で誰かともめた』『これを捨てとってくれ』と紙袋を渡され、「中にはビニール袋に包まれたハンマーのようなものが入っていた」「松永さんに手を上げたのか聞くと、返事をせずに下を向いたまま立ち去った」「ハンマーのようなものは長崎市小ヶ倉町の岸壁から海に捨てた」などと証言しました。
さらに同じ月には「男性被告に『荷物を運びたい』と言われ、自宅を訪ねると、マットレスの上に毛布に包まれ、ひもで縛られた遺体のようなものがあり、マットレスには黒ずんだ血痕のようなものがついていた。そのあと、2018年に松永さんの白骨化した遺体が発見された諫早市多良見町のプレハブ倉庫の中の木箱に毛布ごと運んだ。5月下旬にはマットレスも倉庫の資材置き場に運び、男性被告がガソリンのような液体をかけて火をつけて、毛布も火の中に入れた」などと証言しました。
これに対し弁護側は「マットレスに血痕が付いていたのであれば、遺体と一緒に発見された枕カバーやシーツにも血痕が付いていたはずだが、血痕は見当たらず、DNAも検出されていない」「松永さんの遺体が当時の自宅にあった証明はなく、殺害方法や時期も分かっておらず、証言は信用できない」などと反論。男性被告と松永さんの関係は良好で殺害する理由がないなどとして無罪判決を求めていました。
判決で太田寅彦裁判長は「殺害現場は大村市で同居していた2人の自宅であることが認められるほか、プレハブ倉庫の設置・管理への関与、被告人の被害者の失踪当時における不審な行動、被害者殺害の動機として矛盾のない事実の存在などが認められるのであり、これらの事実関係に照らせば、被告人が被害者の殺害に何らかの形態で関与している疑いはかなり濃厚である。
しかし、被害者の殺害日時を特定することはできず、凶器も鈍器であることまでは判明しているものの、未発見であり、それが何であるかは確定できていない。また、知人男性が、被告人の指示ないしは依頼により本件に関与していることは認められるにしても、その関与が被害者の殺害行為にまで及んでいるかや、その場合における関与の程度を具体的に確定することも困難である。
以上によれば、間接事実中に被告人が殺害の実行犯でなければ、合理的に説明することができない事実関係が含まれているとはいえない。そうである以上、被告人が被害者を殺害した実行犯であると認定するには合理的な疑いが残るといわざるを得ない。よって本件公訴事実は、犯罪の証明がないことになる」として無罪を言い渡しました。
判決の言い渡しが終わった後、松永さんの遺族が突然、裁判長に対し、「これだけ証拠があるのに、無罪ですか」と声を荒らげ、席に戻った男性被告に対し「逃げんな」などと罵声を浴びせました。
遺族コメント(弁護人代読):
「今は何も考えることはできません。被告人が犯人でないのであれば、誰が千賀子を殺したのでしょうか、検察にはぜひ控訴をして真実を明らかにしてほしいと思います」
被告人の弁護士:
「結論に対しては一安心という気持ちがありますけど、内容が内容だったために、整理できていないことがあったり、判断過程においては弁護人の主張が排斥されていた部分もあったので、そこは納得がいっていない部分もあります」
長崎地検は「判決内容を精査し、上級庁とも協議の上適切に対応したい」としています。
一方、裁判員は…。
裁判員A:
「白か黒かっていうのを決めないといけない、2つを選択しなければいけないということが非常に悩んだこと、難しかったところと言えます」
裁判員B:
「基本的には全てに裏付けがあって、根拠がないことはしないということが裁判ということで、私もシビアなことを追及するなと思ってびっくりしたような状況です」