
先週金曜(9日)に幕を閉じた、長崎の秋を彩る伝統行事「長崎くんち」。3日間にわたる奉納踊には、今年も多くの人が詰めかけ、街は熱気と歓声に包まれた。
その熱狂の裏側には、長い稽古を重ね、本番にすべてを懸けてきた人たちの姿がある。
長崎くんち3日間の奉納踊や庭先回りを終え、それぞれの町へと帰っていく踊町の人たち。最後の最後まで力を尽くした先に待っていたのは、仲間との絆、支えてくれた人たちへの感謝、そして、やり遂げたからこそ残る悔しさだった。
長崎くんちのフィナーレを追った。
■ 最後の最後まで、力の限り
「もってこーい、もってこーい!」
アンコールを求める声が会場に響き渡る。
その声に応えるように、出演者たちは何度も演し物を披露する。飛び散る汗。仲間と交わす視線。息を合わせ、一つのものをつくり上げていく。
上町の「コッコデショ」では、担ぎ手たちが力強い演し物を披露。見せ場を迎えるたびに歓声が上がり、会場の熱気はさらに高まっていく。子どもたちも目を輝かせ、躍動する大人たちの姿を見つめていた。
何度も、何度でも。
待ちわびる人たちの期待に、全身全霊で応える。
演し物を披露する人たちと、それを見守る観客。互いの思いが重なり合い、長崎くんちは最後まで熱気に包まれた。
これぞ、長崎人の心意気だ。
■ くんちを支える人たちの思い
長崎くんちは、演し物を披露する人たちだけで成り立っているわけではない。
長く厳しい稽古を重ねてきた出演者。その姿を見守り、支えてきた家族や地域の人たち。そして、演し物を楽しみに集まる観客。
多くの人の思いが一つになって、祭りはつくり上げられていく。
演し物が終わっても、アンコールを求める声は止まらない。龍踊にも「もってこーい」の声が響き、会場は再び大きな歓声に包まれた。
長崎くんちが人々を魅了するのは、演し物の華やかさや迫力だけではない。
仲間と力を合わせ、地域の人たちに支えられながら、一つの目標に向かって歩んできた時間。その積み重ねが、祭りを特別なものにしている。
そして、その思いが最も濃く表れるのが、3日間の奉納踊や庭先回りを終え、それぞれの町へと帰っていく踊町の最後の時間だ。
■ 感謝を伝え、仲間と迎える最後の時間
奉納踊を終えた踊町が、それぞれの町に帰る「帰町」。そして、最後の踊りを披露する「仕舞踊」。
鍛冶屋町では、七福神寳船の演し物を終えた人たちが、仲間とともに最後の時間を迎えていた。
長い稽古の日々。ともに汗を流し、励まし合ってきた仲間たち。そして、陰で支えてくれた家族や地域の人たち。
仕舞踊を終えた出演者たちを前に、長采の平井嘉一さんが感謝の言葉を伝えた。
「囃子のみんな、本当よく頑張りましたね」
「みんながいなかったら寳船できんとだけんね。自信持ってくださいよ」
ともに演し物をつくり上げてきた仲間たちの頑張りをねぎらい、その存在の大きさを伝える。
さらに、平井さんはこう呼びかけた。
「あとみんなほら、お母さんたちとかみんなにお礼言おう」
演し物は、出演者だけでは完成しない。家族や地域の人たちの支えがあってこそ、晴れの舞台に立つことができる。
最後は全員で「ありがとうございました」と頭を下げた。
そこには、やり遂げた安堵と、仲間や支えてくれた人たちへの感謝があふれていた。
「鍛冶屋町最高!」
「最高です」
乾杯の声が響き、互いの健闘をたたえ合う。
長い時間をともにしてきた仲間たちと迎える、かけがえのないひとときだった。
■ 「悔いはない」それでも、仲間が欠けたことは悔しい
そんな鍛冶屋町の七福神寳船にとって、今年の長崎くんちは、すべてが順調だったわけではない。
中日の中央公園での奉納踊のあと、40代の根曳の一人が重さ約5トンの寳船の車輪に足を挟まれて負傷し、救急搬送された。仲間が離脱するというアクシデントが起きたのだ。
そのときの気持ちを尋ねると、長采の平井嘉一さんはこう振り返った。
「仲間がけがした時は、すごく気分的に、気持ち的にちょっとこう下がったんですけど」
ともに稽古を重ね、本番を目指してきた仲間の離脱。気持ちが沈むのも無理はなかった。
しかし、そのままでは終われなかった。
「離脱してしまったメンバーの気持ちは、しっかり僕らが受け継いで、本番に挑んでいかなきゃいけない。そうしないとけがした人間も報われないんで」
仲間が積み重ねてきた努力も、演し物に懸けてきた思いも、決して置き去りにはしない。
残ったメンバーは話し合い、気持ちを立て直して臨んだ。共に演じることができなくなった仲間の思いも背負い、最後まで演し物をやり遂げた。
では、やり遂げた今、悔いはないのか。
「やり遂げました。悔いはないです」
そう言い切ったあと、
「まあ1名欠けたことが悔いです。もうそれ以外は悔いはないです」
やり遂げた達成感の中にも、仲間が一人欠けてしまったことへの悔しさが残っていた。
それは、ただ演し物を成功させることだけを目指してきたのではないからだろう。
仲間とともに稽古を重ね、同じ目標に向かって歩んできた。全員で本番を迎え、全員で演し物をやり遂げる。その思いがあったからこそ、一人欠けたことが心に残った。
それでも、仲間の思いを受け継ぎ、全力でやり遂げた。
「悔いはない。でも、仲間が1人欠けたことが悔い」。
その言葉には、長崎くんちに懸けた人たちの覚悟と、仲間を思う気持ちがにじんでいた。
■ そして、7年後へ
長崎くんちを終えた鍛冶屋町の人たちからは、すでに次のくんちを見据えた言葉も飛び出した。
「もう明日から7年後ば頑張ろうか」
平井さんの言葉に、周囲からは笑い声が上がる。
「嫌だ(笑)」
長い稽古を重ね、ようやく迎えた本番。その苦労を知っているからこその、率直な反応だろう。
それでも、7年後という言葉は、次の時間へとつながっている。
長崎くんちは、3日間の奉納踊だけで完結する祭りではない。稽古を重ね、仲間と支え合い、地域の人たちとともにつくり上げていく。その時間と経験が、次の世代へと受け継がれていく。
街を包んだ歓声と拍手。最後まで力を尽くした踊町の人たち。そして、その姿を支えてきた家族や地域の人たち。
それぞれの思いを胸に、令和8年の長崎くんちは幕を閉じた。
だが、仲間と重ねた時間も、くんちに懸けた思いも、これで終わるわけではない。
また7年後、この街に歓声が響く日へ。
長崎人の心意気は、これからも受け継がれていく。