高校バスケットの大舞台・ウインターカップ県予選で、創部2年足らずで優勝を果たした島原中央高校。その強さの秘密に、密着取材で迫ります。
●チームを率いる35歳の指揮官
【崔純也監督】「全国47都道府県の私立の高校全部調べて条件が
・体育館がある・生徒数が少ない・バスケット部がない
この3つを徹底的に調べ尽くして履歴書と企画書・電話をしたんですよね」
企画書には、バスケ部の創部による生徒数の増加見込みや年次ごとの大会成績・学校の収支目標をグラフにして記しました。
そして、合致したのが縁もゆかりもない、島原中央高校です。
【崔純也監督】「(企画書を送って)いくつか特に東北が多かったけど声がかかった。すごくいばらの道というか一番厳しい環境が島原だった。よし島原で自分の力を発揮してみよう。全く知り合いもいないなか来ました」
赴任当時の部員は0。あるのは、コートとライトだけ。本当に0からのスタートでした。
当時を知る中村順教頭先生は、「当時は(体育館の)床も古くてひび割れていた。環境整備から入っていきました。当時を思えば本当にこれでどうなるんだろう」と話します。
赴任1年目は、全国の中学校へスカウトに回りました。キャプテンの土田選手も、監督から直接声を掛けられた1人です。監督の「ある言葉」をきっかけに、地元・東京から島原中央高校への入学を決めました。
【土田真雛主将】「必要としてるから来てほしい。自分が必要とされている場所に行きたいなとここに決めました。1期生だからどういうチームなのか、どういう所なのかも何も分からなかった不安もあったけど楽しみの方が多かった」
2022年4月に、待望の1期生が入学。崔監督の指導で、チームは着実に力をつけてきました。
●ウインターカップ県予選決勝
対戦相手は、6月の県高校総体決勝で敗れたライバル・長崎西。序盤は、身長187センチのコンゴ人留学生・エザンギを中心に得点を重ねます。しかし長崎西がエザンギを警戒して中のディフェンスを固め、最終第4クォーターでは、一進一退の攻防。
【水巻花選手】「前回はその(一進一退の)展開で最終的に負けてしまった。コート内でみんな普段よりいっぱい声出し合ってみんなで頑張ることが出来ました」
そして、残り30秒。エザンギから水巻にパスが通り、シュートが決まる。勝負強さを見せた水巻。これが決勝点となり、初の全国切符を手にしました。
【水巻花選手】「めっちゃうれしかった。緊迫した展開だったけど最後合わせで練習でやってきたことが出せたから良かった」
●厳しい環境で育んだ固い絆
選手たちのほとんどは、寮生活。寮の隣の喫茶店で食事をとります。練習後のご飯は、格別です。ガンビアからの留学生・カマラ選手もこの笑顔。
崔監督も、寮の1階で妻・昌子さんと共に暮らしています。以前は寮の一室で生活していましたが、部員が増えたことで、監督の部屋も生徒たちに明け渡し、カラオケパブだった、ここに移り住んできました。
【昌子さん】「まさかこんな所に住むとは思ってなかった。」
【崔純也監督】「虫も多い。ヤモリとかがいきなり上から降ってくるんです。どっからか侵入してクモもこの前でっかいのいたよね。」
それでも、ここに住むのは、覚悟と愛があるからです。
【崔純也監督】「両親には九州でチャンピオンになるまで帰ってくるなと言われてます。子どもたちを預かった以上は近くで見てあげないと失礼だしダメ」
その思いは、昌子さんも同じです。
【昌子さん】「ここに住むのは正直好きではない。でもやっぱり一生懸命やってる子どもたち親元を離れて来てくれている子たちと預けてくれているご両親に中途半端な対応だったら申し訳ないし、私も応援したいと思っているので、ここに住んで子どもたちを守ろうと決めました」
監督夫婦の部屋に選手たちが集まって、ミーティングをすることも。
【土田主将】「体育館や学校、人がいたら言えないことも(ここだったら)言いやすい」
●初の全国の大舞台へ
厳しい環境で育まれた、生徒たちとの固い絆。創部2年目でつかんだ初の大舞台での活躍を誓います。
【崔純也監督】「僕が駒澤大学高校にいた時は、初出場ベスト16。それを超えたい気持ちがある。今回の狙う目標はベスト8」
【崔純也監督】「(島原中央バスケ部は)僕にとって、心のエネルギー。やっぱり子どもたちが頑張ることで、僕ももっと頑張れる全てのモチベーションになるので心のエネルギー。」