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九州新幹線長崎ルート建設地で防空壕

2018年02月07日

爆心地から1.8キロ。長崎市天神町の九州新幹線長崎ルートの工事現場で戦時中に使われた11カ所の防空壕が見つかりました。原爆や戦争の悲惨さを後世に伝え残す遺構ですが、近く取り壊されます。7日午前、90歳の柴田律子さんは夫の英敏さん(93)とともにその防空壕を訪れ、祈りを捧げました。狭く、ほの暗いその壕の中にはいまだ生活の痕が伺えます。日々空襲警報におびえた73年前の8月9日。三菱の造船所に学徒動員されていた当時17歳の律子さんは、爆心地から3.2キロ、造船所の近くの路上で被爆し、気を失い、付近の防空壕で目を覚ましました。翌10日、自宅に近いその防空壕に行くと呆然と生後半年ほどの国弘ちゃんを抱えた姉と父親が待っていました。息絶えていた国弘ちゃん(当時0)。爆心地から1.8キロ。姉はこの壕の近くの路上で国弘ちゃん(当時0)をおんぶしていた時、背中の方から原爆の熱線と爆風、放射線を浴びていたのです。これら11カ所の防空壕は近く取り壊され、長崎ルートの擁壁になります。市の原爆被爆対策部は「当時無数にあった一般的な防空壕の一つで特別な記録もないため撤去はやむを得ない」としています。名もなき小さな防空壕の一つひとつにも、原爆や戦争の悲惨さと平和の思いを後世につなぐ物語やメッセージが宿っています。