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<title>溝田 浩司</title>
<link>http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/</link>
<description>NCC長崎文化放送アナウンサー　溝田 浩司のブログです。アナウンサーの素顔が見れるかも？</description>
<language>ja</language>
<copyright>Copyright 2012</copyright>
<lastBuildDate>Mon, 06 Feb 2012 13:57:58 +0900</lastBuildDate>
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<title>また一人・・・</title>
<description><![CDATA[<p>
<p>
<p><img style="MARGIN: 0px 20px 20px 0px; FLOAT: left" class="mt-image-left" alt="浜崎さん.jpg" src="http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/upload_images/%E6%B5%9C%E5%B4%8E%E3%81%95%E3%82%93.jpg" width="240" height="320" /></p>
<p>被爆者の濱崎均さんが亡くなりました。</p>
<p>被爆者の証言を集める活動をしている</p>
<p>長崎の証言の会の代表委員を務められ、</p>
<p>長年「証言」の編集長を務められました。</p>
<p>90年代の初めごろ、</p>
<p>「証言」の発行について説明を</p>
<p>受けたときのことを思い出します。</p>
<p>毎年8月に発刊する本でしたが、</p>
<p>たしかその時は大幅に遅れての</p>
<p>発表でした。</p>
<p>「証言を集めるのはとても大変なんです。それを本にまとめる編集作業も。もっと若い力があればいいんですが、私たちも高齢ですので・・・」。</p>
<p>　その時から十数年が過ぎ、編集長は変わりましたが、状況はそのころとあまりかわらないようです。被爆地の反核・平和活動は、濱崎さんのような方たちの地道な活動が支えているといっても過言ではありません。被爆地のメディアとしてできることを一歩づつ・・・。お通夜の席で心に誓いました。</p></p></p>]]></description>
<link>http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/blog/2012/02/post_256.php</link>
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<pubDate>Mon, 06 Feb 2012 13:57:58 +0900</pubDate>
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<title>桃色提灯</title>
<description><![CDATA[<p>
<p><img style="MARGIN: 0px 20px 20px 0px; FLOAT: left" class="mt-image-left" alt="桃色ランタン.jpg" src="http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/upload_images/%E6%A1%83%E8%89%B2%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%B3.jpg" width="240" height="320" /></p>
<p>もうすぐランタンフェスティバルが</p>
<p>開幕します。</p>
<p>中華街ではランタンの</p>
<p>取り付け作業が進んでいます。</p>
<p>中華街入口の銅座川には、</p>
<p>今年初めて桃色のランタンが</p>
<p>登場しました。</p>
<p>まだ灯りはついていませんが、</p>
<p>夜はどんな感じになるんでしょう？</p>
<p>今年のランタンフェスティバルは</p>
<p>２３日開幕ですよ！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p></p>]]></description>
<link>http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/blog/2012/01/post_255.php</link>
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<pubDate>Wed, 18 Jan 2012 21:09:49 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>見つけました・・・。</title>
<description><![CDATA[<p>
<p>
<p><img style="MARGIN: 0px 20px 20px 0px; FLOAT: left" class="mt-image-left" alt="姫路城.jpg" src="http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/upload_images/%E5%A7%AB%E8%B7%AF%E5%9F%8E.jpg" width="240" height="320" /></p>
<p>立派なお城の模型です。</p>
<p>姫路城だそうです。</p>
<p>実はこのお城、全部</p>
<p>つまようじでできているんです！</p>
<p>その数、なんと1万5000本！</p>
<p>このほかに五重塔もあります。</p>
<p>長崎市科学館のロビーに</p>
<p>展示されています。</p>
<p>科学館では冬の企画展</p>
<p>「はたらく船たち」が開催中です。</p>
<p>豪華客船クリスタルハーモニーの</p>
<p>精巧な模型が展示されています。</p>
<p>入場無料で、29日までです！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p></p></p>]]></description>
<link>http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/blog/2012/01/post_254.php</link>
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<pubDate>Mon, 09 Jan 2012 19:05:23 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>あの空はいま</title>
<description><![CDATA[<p>
<p><img style="MARGIN: 0px 20px 20px 0px; FLOAT: left" class="mt-image-left" alt="tako.jpg" src="http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/upload_images/tako.jpg" width="240" height="320" /></p>
<p>　4日。仕事はじめの朝、粉雪が舞うなかいつのも道を歩いて会社に向かいました。とはいえ人通りはあきらかに少なく、電車も座れるほどすいていました。まだ正月休みが続いているところも多いのですね。</p>
<p>　今年はおだやかなお正月でした。大晦日から正月にかけて大雪が降った去年がうそのようです。公園では、小学生がきれいな青空に向かって凧揚げをしていました。ことしはちょっぴり長い冬休み。　被災地の空にも、凧は舞っているのでしょうか。</p></p>]]></description>
<link>http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/blog/2012/01/post_253.php</link>
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<pubDate>Wed, 04 Jan 2012 20:34:34 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>シッポ　１０</title>
<description><![CDATA[<p>
<p><img style="MARGIN: 0px 20px 20px 0px; FLOAT: left" class="mt-image-left" alt="yoru猫.jpg" src="http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/upload_images/yoru%E7%8C%AB.jpg" width="240" height="320" /></p>
<p>いつもそこにいるのがあたり前で、よく空気のような存在、なんて言うことがあって、それはたとえば長年連れ添った夫婦だったり、仕事の相棒だったりすることが多いのだけれど、実はそれは空気のようにあたりまえな存在なのではなく、空気のようになくてなならないもので、でも目の前にいるときはそのことに気づかず、失われてはじめてその大きさを知ることは人生にはよくあることで、まったく人とは身勝手な生き物だと思う。</p>
<p>「あれ、シッポは？」</p>
<p>「外に遊びにいってるんやろ？」</p>
<p>「きのうのご飯、まだ残ってるし・・・」</p>
<p>「そのうち帰ってくるよ・・・」</p>
<p>　私の胸に冷たいものがよぎった。当時受験をひかえていて、しばらくシッポのことをかまってやれない日々が続いていた。家のなかで見かけなくても、どこかにいるのがあたりまえと思っていた。いなくてもいるものと思い込んでいた。でも、その日もシッポは帰ってこなかった。</p>
<p>「探しに行ってくる！」</p>
<p>私は、いりこをひとつかみビニール袋に入れると、半てんを羽織ったまま飛び出した。外は小雪が舞っていた。</p>
<p>「おばさん、うちのシッポ見らんやったですか？何日も帰ってこんとです。赤い首輪をしてます。シッポの先っちょがこげんふうにまがってるんです。手と足は白くて、お腹はしま模様のきじ猫なんです。メス猫です。知ってますよね。見らんやったですか？あのすみません、猫を探しているんですけど。赤い首輪を・・・。そうですか見らんやったですか。すいませんおじさん、うちの猫を見らんやったですか？お腹をすかせていると思うんです。ねえ知らんですか、ねえ見らんやったですか・・・」。</p>
<p>　昼はいりこを手に、夜は懐中電灯をもってシッポが行きそうな場所を探してまわった。何度も何度も何度もシッポの名前を叫んでは遠くまで歩いた。車にひかれてはいないかと、大きな道路の隅を照らして歩いた。けがをして動けなくなってはいないかと、鼻水をすすりながら山の中まで探してあるいた。</p>
<p>「猫はね、死ぬときは一人で死ぬんばい」。</p>
<p>冷え切った手をさすりながら母がそう言った。私は、シッポがいつ帰ってきてもいいように、いつもの縁側にいりこを置いて寝ることにした。翌朝、決まっていりこはなくなっていた。ノラ猫のご飯になっていることなんて百も承知だった。その後、その家で動物を飼うことは二度となかった。あんなに悲しい別れは一度で十分だったし、シッポのかわりなんているはずがなかったからだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　長崎は猫が多い町だ。すこし路地裏に入れば必ず猫に会える。私は猫をみつけるたびに足をとめて「シッポ！また会えたね」と話しかけている。もちろん、声にはださないけれど。</p></p>]]></description>
<link>http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/blog/2011/12/post_252.php</link>
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<pubDate>Thu, 29 Dec 2011 19:07:03 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>シッポ　９</title>
<description><![CDATA[<p>
<p><img style="MARGIN: 0px 20px 20px 0px; FLOAT: left" class="mt-image-left" alt="neko二匹.jpg" src="http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/upload_images/neko%E4%BA%8C%E5%8C%B9.jpg" width="240" height="320" /></p>
<p>　シッポが我が家にやってきて６年が過ぎようとしていた。私は中学3年生になっていて、いちおう受験生という身分だった。冬の夜には、シッポといっしょにこたつに入って勉強みたいなことをしていたように思う。長い間こたつの中にいると寒がりの猫もさすがに暑くなるようで、こたつ布団のはしっこのほうに移って寝ていることもあった。外から見ると、こたつ布団が小さくふくらんでいるので、シッポがそこに寝ているのだと想像はつくのだけれど、それを見落とすこともよくあって、不幸なことにそのまま踏んづけてしまうこともあった。まさに「ねこふんじゃった」なのだ。もちろんシッポがいるとは思わずに踏んづけるので、「あ、死んだかも！」と思うくらい思いっきり踏んでしまうのだけど、「ぎゃーっ」といって飛び出してきても、不思議なくらい平気だったりするので、ひどい話ではあるけれど、「ふんじゃっ」てもほんとにだいじょうぶなんだと思ったりもした。それでも、さすがにかわいそうなので、こたつ布団のはしっこで寝ているときは、「シッポが寝ています」と書いた紙を小さなふくらみの上に置くようになった。それで、少しは安心して眠れるようになったかもしれない。</p>
<p>　年が明け、雪が降り、受験勉強も実は手遅れなんじゃないかと気づき始めたそのころだったと思う。家族の中にいてもシッポはひとりで難しい顔をするようになっていた。</p>
<p></p>]]></description>
<link>http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/blog/2011/12/post_251.php</link>
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<pubDate>Tue, 20 Dec 2011 20:16:53 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>シッポ　８</title>
<description><![CDATA[<p>
<p>
<p><img style="MARGIN: 0px 20px 20px 0px; FLOAT: left" class="mt-image-left" alt="石猫.jpg" src="http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/upload_images/%E7%9F%B3%E7%8C%AB.jpg" width="240" height="320" /></p>
<p>　猫は犬にくらべて頭が悪いとよく言われるけれど、私はそうは思わない。たしかに犬のようにお手やおかわりを覚えることなんてないし、家に知らない人がきたら吠えて知らせたりして、いわゆる番犬のようなこともしない。芝生広場でボールを投げれば、犬なら飛んで行ってボールをくわえ、しっぽを振りながらまた戻ってくるところだろうけど、猫は「何してるの？」みたいな顔してだまっているにちがいない。でも、それだけで猫が頭がわるいなんて決めつけるのはどうだろう。ただ猫は、犬みたいに人と遊ぶのが得意じゃないだけで、というより人に飼われる動物としてちょっぴりサービス精神にかけているだけなのだと思う。人間にだってそういう人はどこにでもいるではないか。</p>
<p>　猫のシッポが、私の声を認識していると確信した出来事がある。小学生のころ、何が原因かはとうに忘れてしまったけれど、家族のだれかと大ゲンカして部屋の机の下でひとり泣いていたことがあった。それは夜中のことで、部屋の灯りは消していたので１センチ先も見えないくらいの暗闇だった。しばらくすると動物が忍び寄る気配がした。畳のうえを警戒しながら忍び寄るかすかな足音。その動物は、机のしたに隠れた見知らぬ生物を認めると低くうなりだした。</p>
<p>「フウゥウウウゥウウッッ...」</p>
<p></p>
<p></p>
<p>
<p>「シッポ、ぼくだよ...」</p>
<p>すると、シッポはとたんに警戒を解き、いつのも鳴き声ですり寄ってきた。見えないけれど、声は覚えていたんだね。私はうれしくなってシッポを抱きしめた。</p>
<p></p>]]></description>
<link>http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/blog/2011/12/post_250.php</link>
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<pubDate>Wed, 14 Dec 2011 07:00:00 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>シッポ　７</title>
<description><![CDATA[<p>
<p><img style="MARGIN: 0px 20px 20px 0px; FLOAT: left" class="mt-image-left" alt="スクールゾーン.jpg" src="http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/upload_images/%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BE%E3%83%BC%E3%83%B3.jpg" width="240" height="320" /></p>
<p>　母猫から急に子猫を引き離してしまったため、シッポのおっぱいは、行き場のないお乳でパンパンにふくらんでしまった。さわると石のようにカチカチになっていて見るからに痛そうだった。こんなことになるとは思いもせず、急いで動物病院に連れて行くことになった。</p>
<p>　そこでどんな手当をうけたのかは記憶にない。が、とにもかくにも人間の都合で罪深いことをしてしまったと私はシッポに頭を下げた。シッポはだまって顔をふいていた。いっそのこと文句のひとつでも言ってくれたほうが気が楽になるのだが、ただ無言でいることしかできない小さなシッポを見るにつけ心は痛んだ。</p>
<p>「子猫たちは元気にしているかなぁ・・・」。</p>
<p>ある日、縁側でシッポの美しい背中をなでながらそうつぶやいた。するとシッポは、「ニャ...」と一言だけ小さく返事をしてくれた。</p>
<p>「そうだよね、元気にしているよね・・・ごめんね・・・」。</p>
<p>そっと抱きしめると、シッポはざらざらした舌で頬をつたう涙をいつまでもいつまでもなめ続けてくれた。</p>
<p></p>]]></description>
<link>http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/blog/2011/12/post_249.php</link>
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<pubDate>Sat, 10 Dec 2011 07:00:00 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>シッポ　６</title>
<description><![CDATA[<p>
<p><img style="MARGIN: 0px 20px 20px 0px; FLOAT: left" class="mt-image-left" alt="グレー猫.jpg" src="http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/upload_images/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%BC%E7%8C%AB.jpg" width="240" height="320" /></p>
<p>　その結論は意外にも母親が下したものだった。子猫たちをほかの人にゆずってしまうというのだ。</p>
<p>　理由はいたって簡単。うちでは６匹も猫を飼えないというものだった。シッポ一匹だったときは、外に出たまま帰ってこないことがあっても一晩くらいは気にしないですんだが、これが子猫５匹となるとそうはいかない。野良犬もいれば悪そうなノラ猫もいる。どこかで迷子になっているのでは、など心配しだしたらきりがない。どこのだれにあげたのかはわからないが、学校から帰ってくると子猫たちは一匹残らずもらわれていったあとだった。私は玄関にランドセルを投げ捨てると急いでシッポを探した。シッポは、廊下のすみっこで子猫のにおいがついた毛布を嗅いでいた。</p>
<p>「ごめんね、シッポ・・・」。</p>
<p>　そう声をかけても、シッポはただただ、悲しい鳴き声をあげがらいつまでも毛布のそばから離れなかった。ときおり私を見上げるその瞳が悲しみに満ちていたことはいうまでもない。</p>
<p>　その後、私たち家族は予想もしなかったことに直面することになった。</p></p>]]></description>
<link>http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/blog/2011/12/post_248.php</link>
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<pubDate>Wed, 07 Dec 2011 08:00:00 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>シッポ　５</title>
<description><![CDATA[<p>
<p><img style="MARGIN: 0px 20px 20px 0px; FLOAT: left" class="mt-image-left" alt="猫.jpg" src="http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/upload_images/%E9%A7%84%E7%8C%AB.jpg" width="240" height="320" /></p>
<p>　子猫たちがそろっておっぱいを飲む様子はなんともほほ笑ましいものだった。シッポは、子猫たちがお乳を離すまでいつまでも目をつぶって横になっていた。</p>
<p>　子猫は、真っ黒な子と真っ白な子、三毛もどきに白に黒のぶち、そして母親と同じきじ模様の５匹だった。それぞれ「シッポ」に特徴があって、先っぽが丸まっている子や、まっすぐな子、母親と同じかぎ型などだった。</p>
<p>　事件が起きたのは、子猫たちがおっぱいをそろそろ卒業しようかという頃だったと思う。いつもいるはずの縁側の廊下から親子がみんな姿を消したのだ。押入れの中や机の下、タンスと壁のすき間など、いろんな場所を探したけれど見つからない。手のひらにのるほどの小さな子猫たちは母親といっしょにいったいどこへ行ってしまったのだろう。「もしかして家出？」</p>
<p>　これまで子猫たちは一度も外へ出たことがないのだから、まさかそんなことはないだろうとおもいつつ、裏の庭をのぞいてみると、はたして子猫５匹を引き連れて散歩をしているシッポの姿が目に飛び込んできた。</p>
<p>　「ちゃんとついてきてる？」後ろを気にしながら先頭を歩いているシッポは、母親として子供たちに外の世界を教えようとしてたのだろうか。ちいさなちいさな子猫たちは、土のにおいをかぎながらおっかなびっくりの表情で母親のあとをついて歩いていた。遅れた子を口にくわえて歩く姿は母猫そのものだった。いま思えば、シッポの母親らしい姿はそれが最後だったのかもしれない。悲しい別れが訪れたのは、それから間もなくのことだった。</p></p>]]></description>
<link>http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/blog/2011/12/post_247.php</link>
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<pubDate>Fri, 02 Dec 2011 17:55:46 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>シッポ　４</title>
<description><![CDATA[<p>
<p>
<p><img style="MARGIN: 0px 20px 20px 0px; FLOAT: left" class="mt-image-left" alt="ネコ.jpg" src="http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/upload_images/%E3%83%8D%E3%82%B3.jpg" width="240" height="320" /></p>
<p>「あかちゃんができたんじゃない？」</p>
<p>シッポの妊娠にいち早く気付いたのは、やはり母親だった。</p>
<p>　これが人間なら、「相手の男性はどんな方なの？いつからおつきあいしているの？いちど紹介しなさいよ」などといろいろ聞いたりするのだろうけれど、そこは猫ということもあり、もちろん相手がどこのオス猫なのかなんてことがわかるわけもないし、当然そのオス猫が「いやぁ、すみませんね。私なんですよ実は。ま、今後とも末永くお付き合いを」なんて突然挨拶に来るわけもなく、シッポにしてみても「そんなの関係ないじゃん」とでも言いたげな目線で歩いているし、つまりはノラ猫なのだからそこらへんはまったくのんきというか、自由な世界なのだなと子ども心ながらに思ったものだ。</p>
<p>　もうそろそろかな、と家族のだれもが思うほどおなかがパンパンにふくれあがったころ、シッポは「ここで生む！」といわんばかりに廊下のすみっこのうす暗い場所から動かなくなった。そこへ毎日、牛乳やいりこやかつお節ごはんを運んではおなかをさすることを繰り返していた。</p>
<p>「シッポはお母さんがいなくてもだいじょうぶなのかなぁ」</p>
<p>「だいじょうぶ、おかあさんはここにおるやん」</p>
<p>果たして、出産にたちあったのは母親ひとりだった。なぜその時がわかったのかいまでも不思議なのだが、母がおなかをさすってやると、「にゅるにゅる」と子猫を生んだのだという。シッポも母がそばにいたから安心して生んだのかもしれない。シッポは５匹の子猫のおかあさんになった。</p></p></p>]]></description>
<link>http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/blog/2011/11/post_246.php</link>
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<pubDate>Fri, 25 Nov 2011 20:25:59 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>シッポ　３</title>
<description><![CDATA[<p>
<p><img style="MARGIN: 0px 20px 20px 0px; FLOAT: left" class="mt-image-left" alt="neko.jpg" src="http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/upload_images/neko.jpg" width="240" height="320" /></p>
<p>「だいじょうぶだよね。となりのおばちゃんもいるし、いりこもたくさんおいていったし...」。</p>
<p>誰に話すでもなく、ひとりごとのようにつぶやいても、車のなかは誰も無口だった。家族のだれもがシッポを家に置いたまま出かけてしまったことを気にしていることは確かなのだけれど、走り出してしまった以上どうすることもできず、とはいっても猫なんだから一日くらいならなんとか生きのびてくれるだろうと心の中で祈るしかなかった。</p>
<p>帰ってみると、外に置いていた山盛りのいりこはひとつ残らずなくなっていた。でも、シッポはいない。カギを開けて家の中に入ってみると、畳のうえになにか小さな、親指くらいのものが落ちている。よく見ると、それはネズミの頭だった。そばの押入れのふすまをみると、猫一匹が通れるくらいの穴があいていた。そう、シッポは家の中にいたのだ。しかも押入れのなかに！おどろいていると、いつのまにかシッポが足元にやってきて「どこいってたの？さびしかったよ」とでもいいたげな鳴き声ですりよってきた。</p>
<p>「もしかしてネズミ、食べた？」</p>
<p>わたしはシッポを抱き上げるとそう話しかけた。</p>
<p>ふすまをやぶったことも、ざぶとんのうえにおしっこをしたことも、もちろん怒られることはなかった。外のいりこはノラ猫が食べたにちがいない。「それにしてもネズミを捕まえるなんてやっぱり猫なんだなぁ」</p>
<p>家族でそんな話をしたが、首輪についている鈴はネズミを捕まえるときにじゃまだったに違いない。私は、ためらうことなく赤い首輪から小さな鈴を引きぬくと、机の引き出しにしまいこんだ。</p></p>]]></description>
<link>http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/blog/2011/11/post_245.php</link>
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<pubDate>Mon, 14 Nov 2011 09:24:11 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>シッポとわたし　２</title>
<description><![CDATA[<p>
<p><img style="MARGIN: 0px 20px 20px 0px; FLOAT: left" class="mt-image-left" alt="猫二匹.jpg" src="http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/upload_images/%E7%8C%AB%E4%BA%8C%E5%8C%B9.jpg" width="240" height="320" /></p>
<p>　今考えると、放し飼いにしていたのは、ずいぶんと大胆なことだったと思う。一日中外を歩き回ったシッポを、当然のように布団にいれて一緒に寝ていたのだから、とにかく清潔な話ではないことは確かだと思う。でも、その当時はそんなことなどちっとも考えることはなく、居間のガラス戸の前にシッポの姿が現れると父も母も子供が返ってきたときと同じように戸を開け、お帰りといってはひざにのせてかわいがっていた。</p>
<p>　そんなことだから、当然野良猫とケンカして帰ることもしばしばで、生傷を負ってかえってくることもよくあった。猫の体に備えられた防御本能なのだろうか、傷はあっというまに塞がってしまうのが常だった。しかし、ときには傷は小さくなっても中は化膿することもあり、そんなときはオキシドールを傷口にむりやりかけてやるのだが、消毒液がしみるのは猫も人間も同じらしく、かけた瞬間飛び上がって信じられない速さで逃げて行ったのをよく覚えている。シッポにはすまないことをしたといまでも思っている。</p>
<p>　一番困るのは、家族で旅行に出かけるときにシッポが家にいないときだ。もちろん、家から出ないよう朝から注意はしているのだけど、もともと放し飼いなのだからシッポにとっては外出は自由なはずで、ダメだといってもそんなのはお構いなしで出て行ってしまう。その日、いくら待っても帰ってこないので、とうとうシッポを置いていくことになった。私は居間の入り口にいりこを山盛りにして置いて行った。</p></p>]]></description>
<link>http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/blog/2011/11/post_244.php</link>
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<pubDate>Fri, 04 Nov 2011 20:10:38 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>シッポとわたし</title>
<description><![CDATA[<p>
<p>
<p><img style="MARGIN: 0px 20px 20px 0px; FLOAT: left" class="mt-image-left" alt="猫.jpg" src="http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/upload_images/%E7%8C%AB.jpg" width="359" height="640" /></p>
<p>「つれて帰るよ」。</p>
<p>母のその一言で、我が家に子猫が仲間入りすることになった。当時、車で3時間から4時間はかかったのではないだろうか。母の実家から自宅まで、その小さな命は私の手のなかにあった。不安で満たされたような真っ黒な瞳で震える子猫を、私はそっと抱きしめていた。</p>
<p>　名前はシッポといった。昔のアニメに出てくる猫の名前からつけたのだとあとで聞いた。</p>
<p>「シッポは何をたべるのかなぁ」</p>
<p>「子猫だから牛乳なんじゃない？」</p>
<p>「いりこ食べたよ！」</p>
<p>その日から子猫中心の生活が始まった。障子に穴をあけたり、ふすまで爪を研いだり、ふとんにおしっこをしたりと困ったことも多かったが、顔を洗ったり、怒ると背中の毛が逆立ったり、舌がざらざらしていたり、爪が飛び出したり、さまざまな発見もあった。「ねこまんま」とよくいうけれど、みそ汁をかけたごはんをほんとうに食べたのには驚かされた。背中から落としてもちゃんと手足？で着地する実験を何度も繰り返したのは、今考えるとちょっとかわいそうだった。そのうち、スーパーのペットコーナーで猫の砂を買い、猫缶（キャットフードのことです念のため）を買い、猫が食べる草の種なんかも買ってくるようになった。小さな鈴がついた赤い首輪を買ってきたのは、しっぽが両手でかかえるくらいに成長したころだった。「野良猫と間違えられたらいかんやん...」というのが私の理由だったが、シッポはそれがひどく気に入らないらしくしばらくは不機嫌そうな顔をしていた。（写真とシッポは関係ありません）</p></p></p>]]></description>
<link>http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/blog/2011/10/post_243.php</link>
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<pubDate>Mon, 31 Oct 2011 21:22:12 +0900</pubDate>
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<title>最後のみそ汁</title>
<description><![CDATA[<p>
<p><img style="MARGIN: 0px 20px 20px 0px; FLOAT: left" class="mt-image-left" alt="柿の葉.jpg" src="http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/upload_images/%E6%9F%BF%E3%81%AE%E8%91%89.jpg" width="240" height="320" /></p>
<p>夕食の風景は思い出せるのだけど、なぜか朝食の風景は思い出せない。子供のころは家族そろって朝ごはんを食べていたに違いないのだけれど、思い出すのは夕食の、それも夏の風景ばかりなのはどうしてだろう。決まってテレビがついていて、プロ野球か歌番組を見ていたような気がする。折り畳み式のテーブルに置かれたビールはキリンの大瓶で、つまみは枝豆か冷奴。ビールは１本では終わらなかったこともよく覚えている。ビールの泡をせがんでは、その苦さにいちいち驚いていたことも。そう思うと、父の帰宅はいつも早かったのだろうか。それとも日曜日の、それもある一日の一コマが深く記憶に刻まれているだけなのだろうか。目をとじれば蚊取り線香の香りが漂ってくるというのに。</p>
<p>考えてみれば、成長するにつれ朝の時間はばらばらになっていったはずで、一家そろっての朝食というのは、ほんとうに限られた期間でしかなかったのかも知れない。高校時代はあさ５時の始発で通学していたし、帰りは帰りで夜８時や９時ごろだったはずだ。冬はまだ暗いうちに家をでて、日が落ちてからしか自宅に戻ることはなかった。そのころは朝食を食べる時間に起きるわけもなく、食パンにスクランブルエッグをはさんだものをカバンに押し込んでいったこともあった。父は、母は、兄はどうしていただろう。そんなことをいえばなんだか家族がばらばらだったんじゃないか、みたいに見えてしまうが、けっしてそんなことではなくて、つまりは家族の時間というのはいつでもそこにあるように思いがちなのだけど、実はそうではなくてみんなが思うより短くはかないものだということではないだろうか。子供のころ、確かに家族そろって朝ごはんを食べ、母親が作ったみそ汁をみんなで飲んでいたはずなのだか、残念なことにその味を思い出すことはもはやできないくらい歳月は過ぎてしまった。最後のみそ汁はいつだったのだろう。仏壇に手をあわせても沈黙が返ってくるだけだ。</p></p>]]></description>
<link>http://www.ncctv.co.jp/ana/mizota/blog/2011/10/post_242.php</link>
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<pubDate>Thu, 20 Oct 2011 19:47:37 +0900</pubDate>
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