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NCCアナウンサー 溝田 浩司ブログ:2010年2月
卒業式
卒業生は今年もオペラ「アイーダ」の凱旋行進曲とともに姿を現した。傾斜のついたチャペルの通路を白い上履きが一歩一歩進んで行く。セーラー服の左胸をひかえめに飾るのはデンファレの生花だ。運命に翻弄されながら真実の愛を貫いたエチオピアの王女アイーダの悲恋物語。その第二幕でトランペットが高らかに鳴らす旋律を、グランドピアノが意気揚々と響かせている。チャペルの壁を彩る背の高いステンドグラスは、暖かい春の日差しで満たされていた。
2月17日、県内の高校で最も早い活水高校の卒業式を取材した。卒業生は、3年前50年ぶりに新しくなった活水ブルーの制服に初めて袖を通した生徒たちだ。式は、賛美歌や聖書の朗読が続く礼拝形式のため、出席した保護者や在校生が拍手をすることはないのだが、かえってその静けさが、旅立ちを迎えた卒業生を祝福するにふさわしい空間のように思えて、とても印象的だった。
約40人のクラスを受け持つ担任の教師にとっても、卒業式は晴れの舞台に違いない。卒業証書授与で生徒の名前を読み上げるのは、担任の最後の大仕事だ。どの先生も手元の名簿に目を落とすことなく、壇上に上がる生徒の後姿をまっすぐに見つめながら一人ひとりの名前を呼んでいた。3年間、生徒たちと向き合ってきた担任教師ならあたりまえと言ってしまえばそれまでだが、万が一にも名前を間違えでもしたら、これまでの信頼を一瞬にして失うことになりかねないのだから大変だ。
ところが、そんな間違いを卒業生として一度ならず二度も体験したかわいそうな生徒がいると聞くと驚くだろうか。何を隠そうそれは私自身のことなのだから間違いのない話なのである。忘れもしない中学と高校の卒業式だった。
「みぞたコージくん!」×2=(T__T)
人を憎むことを知らない天使のような性格の私は、担任の間違いを指摘することすらなく、ただひたすらその悲劇を自分の小さな胸にしまい込み、その後の人生を歩んできたのである。というのは半分冗談だが、つまりは「浩司」は普通に「こうじ」と読めるため、わざわざ別の読み方を考える人は、それが担任であれ少ないということなのだ。
たとえば「仁」という名前に出合ったとき、多くの人は「ひとしさんですか?じんさんですか?」と、その読み方を確認するだろう。しかし、「浩司」についてそんなことを聞いてくる人はまずいない。死んだ親父になぜこの字を選んだのか聞いたことがある。すると、はじめは別の漢字を考えていたが、占いに詳しい職場の同僚の勧めでこの漢字になったらしい。その同僚さんが、いまどこで何をしていらっしゃるかは知らないが、浩司君はぐれることなくこんなに立派な大人になったことをお伝えしたい。
活水高校の卒業式の帰り、スリッパをぬいで玄関を出ると空から女子高生たちの明るい笑い声が降ってきた。見上げた校舎の上には、2月にしては暖かくおだやかな春の空が広がっていた。

2月17日、県内の高校で最も早い活水高校の卒業式を取材した。卒業生は、3年前50年ぶりに新しくなった活水ブルーの制服に初めて袖を通した生徒たちだ。式は、賛美歌や聖書の朗読が続く礼拝形式のため、出席した保護者や在校生が拍手をすることはないのだが、かえってその静けさが、旅立ちを迎えた卒業生を祝福するにふさわしい空間のように思えて、とても印象的だった。
約40人のクラスを受け持つ担任の教師にとっても、卒業式は晴れの舞台に違いない。卒業証書授与で生徒の名前を読み上げるのは、担任の最後の大仕事だ。どの先生も手元の名簿に目を落とすことなく、壇上に上がる生徒の後姿をまっすぐに見つめながら一人ひとりの名前を呼んでいた。3年間、生徒たちと向き合ってきた担任教師ならあたりまえと言ってしまえばそれまでだが、万が一にも名前を間違えでもしたら、これまでの信頼を一瞬にして失うことになりかねないのだから大変だ。
ところが、そんな間違いを卒業生として一度ならず二度も体験したかわいそうな生徒がいると聞くと驚くだろうか。何を隠そうそれは私自身のことなのだから間違いのない話なのである。忘れもしない中学と高校の卒業式だった。
「みぞたコージくん!」×2=(T__T)
人を憎むことを知らない天使のような性格の私は、担任の間違いを指摘することすらなく、ただひたすらその悲劇を自分の小さな胸にしまい込み、その後の人生を歩んできたのである。というのは半分冗談だが、つまりは「浩司」は普通に「こうじ」と読めるため、わざわざ別の読み方を考える人は、それが担任であれ少ないということなのだ。
たとえば「仁」という名前に出合ったとき、多くの人は「ひとしさんですか?じんさんですか?」と、その読み方を確認するだろう。しかし、「浩司」についてそんなことを聞いてくる人はまずいない。死んだ親父になぜこの字を選んだのか聞いたことがある。すると、はじめは別の漢字を考えていたが、占いに詳しい職場の同僚の勧めでこの漢字になったらしい。その同僚さんが、いまどこで何をしていらっしゃるかは知らないが、浩司君はぐれることなくこんなに立派な大人になったことをお伝えしたい。
活水高校の卒業式の帰り、スリッパをぬいで玄関を出ると空から女子高生たちの明るい笑い声が降ってきた。見上げた校舎の上には、2月にしては暖かくおだやかな春の空が広がっていた。

2010年02月24日
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