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NCCアナウンサー 溝田 浩司ブログ:2009年9月
太陽
レンタカーは真夜中の島原半島を快調に飛ばしていた。1300ccと聞いて少し不安に思ったが、予想に反してエンジンは軽やかにまわり続け、真新しいタイヤは闇夜のアスファルトにしっかりと吸いついていた。冷房の効いた車内には、傷のないダッシュボードが放つプラスチックの科学的な臭いが漂っている。出発して1時間ほど経つが、この臭いには慣れない。少しばかり頭が痛いが、後ろで寝ているバイト君のことを思うと窓を開けるわけにもいかなかった。
島原半島を南下する夜の国道に車は少なく、ヘッドライトの先は闇ばかりが続く。白く浮かび上がるひび割れた中央線がなければ、そこに道路があるのかさえ疑いたくなるほどだ。
「少し早かったかな」
このまま走り続ければ予定の時間より随分早く到着しそうだった。出発をもう少し遅くしても良かったのではないか。少しだけ後悔しながら独り言のようにつぶやいた。
「日の出、撮りませんか」
「日の出?」
「決戦の始まりなんでしょう?歴史に残る。やっぱり日の出は必要じゃないですかね」。
歴史に残る決戦。あと12日もすればその戦いは終わり、やがて歴史的な一日がやってくるというのだ。しかし、その時がくるまで誰にも確かなことはわからなかった。やがて私たちは歴史の目撃者になるのだろうか。深夜のカーラジオからは「田舎のバス」という昔の曲が流れていた。
「そうだね、日の出、撮りましょう」
ハンドルを握りなおすと、アクセルを踏み込んだ。星空に浮かぶ宇宙船のようなコンビニの明りがバックミラーの中で小さくなった。
星たちが空の端に追いやられるころ、国道をはずれて半島の南端に突き出た丘を目指した。住宅のむこうに懐かしい松林が見える。
「きれいな海水浴場ですよ。一度きたことがあります」
「へえ、島原まで」
「家族で行くといいですよ」
ゆるやかな丘を進みながら子供のころ行った海水浴場を思い出した。大きな松の根元で着替えるのがいつものことで、それが恥ずかしかったことを覚えている。海辺の砂浜は足の裏が焼けるほど熱かったのに、松林の砂地は不思議なほどひんやりとしていた。拳ほどもあるどす黒いカニが巣穴に逃げ込む様子は、なぜか不気味な記憶として残っている。
撮影ポイントを探して走るうちに舗装の途切れた小道に迷い込んだ。背丈ほどもある草がサイドミラーを容赦なくたたく。引き返すべきかと迷っているとやがて道が開け、丘の上の建物にたどり着いた。朝の光に包まれたその建物は小学校の体育館だった。まだ眠そうなバイト君が三脚を据えると、カメラのレンズは東の方角に向けられた。
「しばらく、待ちですね」
カメラマンはそういうと、腕組みをして白々と明けてきた島原半島を見渡した。
少し歩くと体育館の裏に小さな運動場を見つけた。あまりの静寂に、本当にここで子供たちが遊ぶのだろうかと不思議な気持ちになった。運動場の入り口にかけられた朽ちた鎖がそんな気持ちにさせたのかもしれない。さらに歩くと、校門に卒業記念のレリーフが置かれていた。陶板に手形を残したそのレリーフは、数えれば両手にも満たなかった。良く見ると枯れ草の中に閉校記念の文字が見えた。そばには、主を失った校舎が物悲しげにたたずんでいた。そろそろ日の出の時間だった。
「雲がでてますね」
「無理そう?」
「わからないですね、こればっかりは」
そんな話をしながら、さして期待もせず東の空を見つめていた。新聞配達のバイクがスピードを落としていぶかしげに通り過ぎてゆく。日の出の時間はとうに過ぎているのだから、太陽は雲の向こうに隠れているのだとあきらめかけていたその時、ぼんやりとかすんだ山の端に小さな橙色の明りが灯った。思わぬ対面にその瞬間は日の出とは気付かず、なにか人工的な明りかと思ったほどだった。しかし、その橙色は見る見るうちに丸い形を見せ始め、やがて稜線の上にぽっかりと姿を現した。朝もやの向こうに浮かぶ巨大な太陽は、まぎれもなく地上の何物にもまさるエネルギーをたたえていた。太古から続くはるかなる宇宙の営みに、なにもかもが小さなことのように思えた。

島原半島を南下する夜の国道に車は少なく、ヘッドライトの先は闇ばかりが続く。白く浮かび上がるひび割れた中央線がなければ、そこに道路があるのかさえ疑いたくなるほどだ。
「少し早かったかな」
このまま走り続ければ予定の時間より随分早く到着しそうだった。出発をもう少し遅くしても良かったのではないか。少しだけ後悔しながら独り言のようにつぶやいた。
「日の出、撮りませんか」
「日の出?」
「決戦の始まりなんでしょう?歴史に残る。やっぱり日の出は必要じゃないですかね」。
歴史に残る決戦。あと12日もすればその戦いは終わり、やがて歴史的な一日がやってくるというのだ。しかし、その時がくるまで誰にも確かなことはわからなかった。やがて私たちは歴史の目撃者になるのだろうか。深夜のカーラジオからは「田舎のバス」という昔の曲が流れていた。
「そうだね、日の出、撮りましょう」
ハンドルを握りなおすと、アクセルを踏み込んだ。星空に浮かぶ宇宙船のようなコンビニの明りがバックミラーの中で小さくなった。
星たちが空の端に追いやられるころ、国道をはずれて半島の南端に突き出た丘を目指した。住宅のむこうに懐かしい松林が見える。
「きれいな海水浴場ですよ。一度きたことがあります」
「へえ、島原まで」
「家族で行くといいですよ」
ゆるやかな丘を進みながら子供のころ行った海水浴場を思い出した。大きな松の根元で着替えるのがいつものことで、それが恥ずかしかったことを覚えている。海辺の砂浜は足の裏が焼けるほど熱かったのに、松林の砂地は不思議なほどひんやりとしていた。拳ほどもあるどす黒いカニが巣穴に逃げ込む様子は、なぜか不気味な記憶として残っている。
撮影ポイントを探して走るうちに舗装の途切れた小道に迷い込んだ。背丈ほどもある草がサイドミラーを容赦なくたたく。引き返すべきかと迷っているとやがて道が開け、丘の上の建物にたどり着いた。朝の光に包まれたその建物は小学校の体育館だった。まだ眠そうなバイト君が三脚を据えると、カメラのレンズは東の方角に向けられた。
「しばらく、待ちですね」
カメラマンはそういうと、腕組みをして白々と明けてきた島原半島を見渡した。
少し歩くと体育館の裏に小さな運動場を見つけた。あまりの静寂に、本当にここで子供たちが遊ぶのだろうかと不思議な気持ちになった。運動場の入り口にかけられた朽ちた鎖がそんな気持ちにさせたのかもしれない。さらに歩くと、校門に卒業記念のレリーフが置かれていた。陶板に手形を残したそのレリーフは、数えれば両手にも満たなかった。良く見ると枯れ草の中に閉校記念の文字が見えた。そばには、主を失った校舎が物悲しげにたたずんでいた。そろそろ日の出の時間だった。
「雲がでてますね」
「無理そう?」
「わからないですね、こればっかりは」
そんな話をしながら、さして期待もせず東の空を見つめていた。新聞配達のバイクがスピードを落としていぶかしげに通り過ぎてゆく。日の出の時間はとうに過ぎているのだから、太陽は雲の向こうに隠れているのだとあきらめかけていたその時、ぼんやりとかすんだ山の端に小さな橙色の明りが灯った。思わぬ対面にその瞬間は日の出とは気付かず、なにか人工的な明りかと思ったほどだった。しかし、その橙色は見る見るうちに丸い形を見せ始め、やがて稜線の上にぽっかりと姿を現した。朝もやの向こうに浮かぶ巨大な太陽は、まぎれもなく地上の何物にもまさるエネルギーをたたえていた。太古から続くはるかなる宇宙の営みに、なにもかもが小さなことのように思えた。

2009年09月13日
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