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NCCアナウンサー 溝田 浩司ブログ:2009年1月
アラフォー
"ほかに誰もいない密室で、その財布は突然姿を消した。夕暮れの町に小さな雪が舞い始めた2008年大晦日のことだった。
元日のデスク勤務はそれほど嫌いではない。新しい年に最初のニュースを送り出すことはそれだけで清々しいことだし、しずかな報道フロアで一人キーボードに向かう時間も実は悪くない。ただ、初日の出の取材クルーだけは大変だ。夜明け前から山に登り、その一瞬を撮影するためにひたすら東の空を見つめ続けるのだ。いくら着込んでいても体は芯まで冷え切ってしまう。そんな取材クルーにせめて暖かい鍋でも食べてもらおうと、大晦日に食材を買いに出かけたのがことの始まりだった。
刻んだ白菜や冷凍の肉団子、スープのもとなどを会社の冷蔵庫にしまったあと、大晦日勤務のデスクから簡単な引継ぎを受けて会社をでたのが、たしか31日の午後4時すぎだったと思う。急いで路上にとめていた車に戻りアクセルを踏んだ。降り始めた雪がフロントガラスの上をさらさらと流れていく。元日は雪の予報だった。「初日の出の撮影は無理かな・・・」。そんなことをぼんやりと考えながら、近くの商業ビルにむけてハンドルを切った。べつに用があるわけではなかった。夕飯までのひまつぶしのつもりだった。
助手席のバッグを左手に抱え右手でドアを閉めたあと、リモコンで鍵を閉めて駐車場を歩き始めた。5、6メートルほど歩いたところで、バッグに鍵をしまい携帯を手に取った。そこで、バッグの中がいつもの景色とは違うことに気づいた。「何かが足りない・・・」。隙間なくものが入っているはずのバッグに足りないのは、明らかに財布だった。あわてることなく車に戻って財布を探し始めた。が、財布はなかった。この時点でもまだ冷静さは失っていなかった。
「足元にすべり落ちたか?それともダッシュボードにしまった?そんなはずはない。後ろの席に置いた?まさか!そう、運転席の下にあるはず。さては、マットの下にもぐり込んだか?いや、知らぬ間にゴミ箱に入れたかも・・・」。このあたりですっかり冷静さを失っていることに気づいた。「待て、落ち着け!」自分に言い聞かせると、開け放ったドアを閉めて運転席に座り目を閉じた。大晦日の駐車場には次から次に買い物客の車が入ってくる。あせる気持ちを抑えながら必死で考えた。「最後に財布を見たのはいつだ?スーパーで鍋の材料を買ったあとバッグに入れたのは確かだ。会社を出たあとはどうだ?そう!一度財布の中のレシートを確認してバッグの上に置いたではないか!それはいつだ?たしか車を走らせる前ではなかったか?」。
だとすると、財布は車の中にあるはずではないか。しかし動揺していて記憶が定まらない。とにかくもう一度車の中を入念に探したが、やはりない。駐車場を歩いているときに落とした可能性も考えた。歩いたわずかな距離を何度も往復したが財布はついに見つからなかった。会社をでて駐車場までのわずかな時間、バッグに触ったのは自分以外にいない。財布は、密室の車内から突然姿を消したというのだろうか。
と、ここでひとつ重大な事実を思い出した。鍋の材料を冷蔵庫に入れて車に戻ったあと、バッグを車内に置いたまま一度忘れ物を取りに戻ったではないか!気ぜわしい師走独特の空気が、バッグを車内に置いたまま離れるという行動を許したのかもしれない。鍵は閉めたはずだが、確かあの時はリモコンを車に向けたまま振り向かずに歩いていったように思う。鍵がかかったかを確かめたわけではない。その間、わずか数分・・・。歩道からは、無用心にもバッグの上に置かれた黒皮の財布が丸見えだったはずだ。そのわずかな時間に誰かが財布を持ち去ったことは考えられないか・・・。
やはり被害届は出しておいたほうが良いのだろうか。迷ったあげく、車を元の場所に戻したあと携帯から警察に電話をかけた。すっかり日が落ちた「現場」にパトカーが到着し、さっそく鑑識活動が始まった。
「すみません、そうとう探し回ったので指紋は私のものばかりだと思いますけど・・・」。 腰に重そうな短銃を下げた警官は、「念のためです」。といいながら黙々と指紋を取り現場を写真に収めた。もう一人の若い警官の質問に答えながら、私は夕飯に遅れる言い訳を考えていた。傍らには、血のような赤色灯が回り続けていた。
2009 年元旦。心配された初日の出は、雲の隙間から無事拝むことができた。希望の光に満ちた見事な日の出だった。同じく正月勤務だった新人記者K君も、「願いが通じた」と笑顔で戻ってきた。コンロに火をつけ4人で鍋を囲んだ。白菜ともち、肉団子だけのささやかな食事だったが、なによりの御馳走になった。だが、なくした財布のことが心の奥にあり、正月というのに気分は沈んだままだった。
程なくして、1階の警備室から報道フロアに内線が入った。
「溝田さん、きのう財布をなくしたっていってましたよね?」。
「財布を?はい、そうです。なくしたというか・・・」
「いま、商業ビルの警備の方が財布を持ってきてますけど?」
恥ずかしながら、財布はやはり商業施設の駐車場で落としていたのだ。大晦日の夜に誰かが拾って警備室に届け、中を調べた警備の方が元日早々届けてくれたというわけだ。拾ってくれた方にお礼の電話を入れ、警察にも顛末を説明しお詫びした。
慌てて財布をなくし、一時でも他人を疑った自分が情けない。2008年の終わりと2009年の始まりに体験した「事件」は、アラフォーのおっさんにとって忘れがたい教訓になった。"
元日のデスク勤務はそれほど嫌いではない。新しい年に最初のニュースを送り出すことはそれだけで清々しいことだし、しずかな報道フロアで一人キーボードに向かう時間も実は悪くない。ただ、初日の出の取材クルーだけは大変だ。夜明け前から山に登り、その一瞬を撮影するためにひたすら東の空を見つめ続けるのだ。いくら着込んでいても体は芯まで冷え切ってしまう。そんな取材クルーにせめて暖かい鍋でも食べてもらおうと、大晦日に食材を買いに出かけたのがことの始まりだった。
刻んだ白菜や冷凍の肉団子、スープのもとなどを会社の冷蔵庫にしまったあと、大晦日勤務のデスクから簡単な引継ぎを受けて会社をでたのが、たしか31日の午後4時すぎだったと思う。急いで路上にとめていた車に戻りアクセルを踏んだ。降り始めた雪がフロントガラスの上をさらさらと流れていく。元日は雪の予報だった。「初日の出の撮影は無理かな・・・」。そんなことをぼんやりと考えながら、近くの商業ビルにむけてハンドルを切った。べつに用があるわけではなかった。夕飯までのひまつぶしのつもりだった。
助手席のバッグを左手に抱え右手でドアを閉めたあと、リモコンで鍵を閉めて駐車場を歩き始めた。5、6メートルほど歩いたところで、バッグに鍵をしまい携帯を手に取った。そこで、バッグの中がいつもの景色とは違うことに気づいた。「何かが足りない・・・」。隙間なくものが入っているはずのバッグに足りないのは、明らかに財布だった。あわてることなく車に戻って財布を探し始めた。が、財布はなかった。この時点でもまだ冷静さは失っていなかった。
「足元にすべり落ちたか?それともダッシュボードにしまった?そんなはずはない。後ろの席に置いた?まさか!そう、運転席の下にあるはず。さては、マットの下にもぐり込んだか?いや、知らぬ間にゴミ箱に入れたかも・・・」。このあたりですっかり冷静さを失っていることに気づいた。「待て、落ち着け!」自分に言い聞かせると、開け放ったドアを閉めて運転席に座り目を閉じた。大晦日の駐車場には次から次に買い物客の車が入ってくる。あせる気持ちを抑えながら必死で考えた。「最後に財布を見たのはいつだ?スーパーで鍋の材料を買ったあとバッグに入れたのは確かだ。会社を出たあとはどうだ?そう!一度財布の中のレシートを確認してバッグの上に置いたではないか!それはいつだ?たしか車を走らせる前ではなかったか?」。
だとすると、財布は車の中にあるはずではないか。しかし動揺していて記憶が定まらない。とにかくもう一度車の中を入念に探したが、やはりない。駐車場を歩いているときに落とした可能性も考えた。歩いたわずかな距離を何度も往復したが財布はついに見つからなかった。会社をでて駐車場までのわずかな時間、バッグに触ったのは自分以外にいない。財布は、密室の車内から突然姿を消したというのだろうか。
と、ここでひとつ重大な事実を思い出した。鍋の材料を冷蔵庫に入れて車に戻ったあと、バッグを車内に置いたまま一度忘れ物を取りに戻ったではないか!気ぜわしい師走独特の空気が、バッグを車内に置いたまま離れるという行動を許したのかもしれない。鍵は閉めたはずだが、確かあの時はリモコンを車に向けたまま振り向かずに歩いていったように思う。鍵がかかったかを確かめたわけではない。その間、わずか数分・・・。歩道からは、無用心にもバッグの上に置かれた黒皮の財布が丸見えだったはずだ。そのわずかな時間に誰かが財布を持ち去ったことは考えられないか・・・。
やはり被害届は出しておいたほうが良いのだろうか。迷ったあげく、車を元の場所に戻したあと携帯から警察に電話をかけた。すっかり日が落ちた「現場」にパトカーが到着し、さっそく鑑識活動が始まった。
「すみません、そうとう探し回ったので指紋は私のものばかりだと思いますけど・・・」。 腰に重そうな短銃を下げた警官は、「念のためです」。といいながら黙々と指紋を取り現場を写真に収めた。もう一人の若い警官の質問に答えながら、私は夕飯に遅れる言い訳を考えていた。傍らには、血のような赤色灯が回り続けていた。
2009 年元旦。心配された初日の出は、雲の隙間から無事拝むことができた。希望の光に満ちた見事な日の出だった。同じく正月勤務だった新人記者K君も、「願いが通じた」と笑顔で戻ってきた。コンロに火をつけ4人で鍋を囲んだ。白菜ともち、肉団子だけのささやかな食事だったが、なによりの御馳走になった。だが、なくした財布のことが心の奥にあり、正月というのに気分は沈んだままだった。
程なくして、1階の警備室から報道フロアに内線が入った。
「溝田さん、きのう財布をなくしたっていってましたよね?」。
「財布を?はい、そうです。なくしたというか・・・」
「いま、商業ビルの警備の方が財布を持ってきてますけど?」
恥ずかしながら、財布はやはり商業施設の駐車場で落としていたのだ。大晦日の夜に誰かが拾って警備室に届け、中を調べた警備の方が元日早々届けてくれたというわけだ。拾ってくれた方にお礼の電話を入れ、警察にも顛末を説明しお詫びした。
慌てて財布をなくし、一時でも他人を疑った自分が情けない。2008年の終わりと2009年の始まりに体験した「事件」は、アラフォーのおっさんにとって忘れがたい教訓になった。"
2009年01月24日
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