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NCCアナウンサー  溝田 浩司ブログ:2008年11月

旧友

"「おう!元気か!どうしたん?」
数年ぶりの、しかも夜遅い電話にもかかわらず、携帯からは昔と変わらない明るくさっぱりした声が聞こえてきた。彼とは学生時代ふるさとが近いというだけで意気投合し、卒業後も互いに連絡を取り合ったり、帰省したときは必ず家に立ち寄る仲だった。一時体調を崩し入退院を繰り返していたが、長い闘病生活を経てなんとか回復を果たし、いまは故郷で家業の酒屋を継いでいる。

「どうね、そっちは?景気のほうは?」
「まあ、かわらんね。相変わらずばい。景気がいいとは公務員だけばい...」

その酒屋は地元で一番古く、ほかの小さな酒屋が郊外型ディスカウントショップに押されて次々と姿を消すなか、つぶれずに生き残っている酒屋の一つだ。地元の酒造メーカーとも長い付き合いで、全国の品評会で金賞をとるような有名な日本酒も置いている店だ。めったに手に入らない酒なのだから、少しは高く売ってもいいんじゃないか。そんな話をしたこともあったが、定価は定価だといって笑っていた。そんなところが彼らしいといえば彼らしいが、実際のところ高くしたところで酒が売れて金にならなければ話にならないというのが本音のようでもあった。

「やっぱ厳しいみたいやね」
「だいたい酒を飲むやつらが減ったね。夜も早いばい」
「役場の人間は?忘年会も近いやろ」
「いや、だめやね。飲み屋も人が少ないばい。みんな早く帰るようになったし、飲酒運転も厳しくなったしね...」

もちろん、この酒屋では車を運転する人に一滴の酒も売らない。飲酒運転が犯罪であることは承知の上での話だ。だが、どうしようもない不況のどん底であえぎつづける田舎の酒屋の現実は、暖房のきいた部屋でボーナスの使い道を考えているような公務員やサラリーマンには、とうていわかるはずもないのだ。かれは吐き出すようにぐちを続けた。

「それに、人がどんどん減りようばい、人が。若いやつらはみんな都会にいきよる。第一こげな町におっても、まともに働く場所がなかろうが。まあ、いまに始まった話やないけど。町におるのはじいさんかばあさんばっかり。これで町が発展するわけがないやろ。まともな生活ができるのは都会だけ。地方はどんどん取り残されていくばっかりばい。やっぱ公務員は強いね。格差社会とかいうけど、ほんと身にしみて思うよ。まさに格差やね。先が見えん。それが一番きついんよほんと。この先どうしたらいいかさっぱりわからん。銀行もここみたいな酒屋には貸してくれんし、そうばい、貸し渋りはないとかいいよるけど、冗談じゃないばい。定額給付金とかなんとかごたごたしよるけど、話にならん。ないよりましやけど。どうにかしてくれよまったく・・・」

もともと彼は東京の商社で働くサラリーマンだった。ある理由で故郷に戻り家業を継いだ。夢を見た都会を離れ、老いた母親と二人、老舗の看板を守らねばならなかった事情もある。当時、深刻さを増すバブル崩壊の余波に加え、様々な規制緩和が小規模な酒類販売業者を苦しめた。耐え忍んだところにやってきたのが金融不安や原油高などにともなう未曾有の不況だ。

時間は深夜だったが、酒は飲んでいないと彼はいった。酒の勢いではないのだと。でも、きょうはちょっと飲むよ、少し投げやりな感じで彼はつぶやいた。病気の影響でしばらくは酒を控えていたはずだが、最近は飲むことも増えたのだという。電話の向こうからやりきれないため息が聞こえた。

「しばらく話してなかったんで心配してたけど、元気な声が聞けてよかったよ」
決していい話ではなかったが、それでも久しぶりの電話に本気でそう思った。
しかし、電話を切る間際に彼が話した一言に、一瞬言葉を失った。
「そうか、良かった。でもさ、俺、ほんとうは死にてえんだよ、死にてえ・・・」

地元の商店主らが置かれているこの切実な現状を、麻生総理は知っているのだろうか。"

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溝田 浩司

1990年4月入社
福岡県出身
福岡大学卒
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