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精霊流し
"遠くにまだ爆竹の音が聞こえる深夜の道をタクシーは走り続けていた。いかに騒々しい
長崎の精霊流しとはいえ、夜10時にもなればあらかた盆の行事は終わりいつもの静け
さを取り戻すのが常だ。
タクシーは誘導棒を持った作業員の前で止まった。その先で竹ぼうきを持った数人の大 人が、爆竹や花火の燃え残りをはいていた。彼、彼女らは精霊流しが通る道に降り積も ったそのごみを一晩のうちに掃除してしまうアルバイトだという。
「長崎の町も変わりましたねぇ...」
後部座席でその作業を見つめる私に運転手は語りかけた。
「そう、ですか...。」
「いろいろと見るところが増えましたよ。私、大阪から来たんでね、わかるんですわ」
運転手は、急に大阪弁を使って話し始めた。
「第一、道が広くなりましたわ」
それほど年が離れているとは思えないその運転手の話を、私はぼんやりと聞いていた。
「いえね、もともと生まれは五島なんです。高校出て飛び出したんです。」
作業員の誘導棒が大きく縦に振られると、ゆっくりとタクシーは走り始めた。
「田舎が嫌だったんですわ、田舎が」
運転手は、掃除の済んだ道路に向かって話しを続けた。道路は完全に掃き清められたわ けではなく、隅々にはまだ朱や緑の爆竹の燃えかすが落ちていた。
「就職の話しはなんぼでもあったんですよ。役場とか銀行なんかね。でも、私は田舎に いるのが嫌だったんですよ、とにかく。それで高校出て大阪に飛び出したんです。」
五島もいいところじゃないですか、と言いかけたが、儀礼的な会話をしても仕方ないと 思い私は黙っていた。
「大阪は楽しいところでしたよ。ほんとに。何でもありましてね、第一めしがうまい...」
私は、その運転手がなぜ長崎に戻ってきたのかを聞くべきか迷っていた。
「五島へは帰られたんですか?」
「いいや、仕事がありますんで」
「お盆はフェリーなんか込み合うそうですね」
「そうねぇ」
「大阪は商人の町っていうじゃないですか、もうかったんでしょう?」
運転手はその質問には答えずに、大阪の風物について話しを続けた。
冷房がやけに寒くて少しだけ窓を開けると、夜風とともにかすかな火薬のにおいが車内 に流れ込んできた。もう爆竹の音も聞こえなくなっていた。
「長崎の町も変わったもんですねぇ...。立派になりましたよ、ほんとに」
盆に帰ってきた霊魂たちは、15日にどんな思いで現世を旅立つのだろうか。あるいは 誰かの肉体に降り立ち、ふるさとを懐かしみつつ何気ない会話を楽しんだりすることも あるのではないだろうか。
目的地に着き車を降りると、タクシーは音もなく走り出した。会社のマークをかたどっ た屋上灯が、なぜか精霊船の灯りのように見えた。タクシーは、街灯のない夜の道にゆ っくりと消えていった。"
タクシーは誘導棒を持った作業員の前で止まった。その先で竹ぼうきを持った数人の大 人が、爆竹や花火の燃え残りをはいていた。彼、彼女らは精霊流しが通る道に降り積も ったそのごみを一晩のうちに掃除してしまうアルバイトだという。
「長崎の町も変わりましたねぇ...」
後部座席でその作業を見つめる私に運転手は語りかけた。
「そう、ですか...。」
「いろいろと見るところが増えましたよ。私、大阪から来たんでね、わかるんですわ」
運転手は、急に大阪弁を使って話し始めた。
「第一、道が広くなりましたわ」
それほど年が離れているとは思えないその運転手の話を、私はぼんやりと聞いていた。
「いえね、もともと生まれは五島なんです。高校出て飛び出したんです。」
作業員の誘導棒が大きく縦に振られると、ゆっくりとタクシーは走り始めた。
「田舎が嫌だったんですわ、田舎が」
運転手は、掃除の済んだ道路に向かって話しを続けた。道路は完全に掃き清められたわ けではなく、隅々にはまだ朱や緑の爆竹の燃えかすが落ちていた。
「就職の話しはなんぼでもあったんですよ。役場とか銀行なんかね。でも、私は田舎に いるのが嫌だったんですよ、とにかく。それで高校出て大阪に飛び出したんです。」
五島もいいところじゃないですか、と言いかけたが、儀礼的な会話をしても仕方ないと 思い私は黙っていた。
「大阪は楽しいところでしたよ。ほんとに。何でもありましてね、第一めしがうまい...」
私は、その運転手がなぜ長崎に戻ってきたのかを聞くべきか迷っていた。
「五島へは帰られたんですか?」
「いいや、仕事がありますんで」
「お盆はフェリーなんか込み合うそうですね」
「そうねぇ」
「大阪は商人の町っていうじゃないですか、もうかったんでしょう?」
運転手はその質問には答えずに、大阪の風物について話しを続けた。
冷房がやけに寒くて少しだけ窓を開けると、夜風とともにかすかな火薬のにおいが車内 に流れ込んできた。もう爆竹の音も聞こえなくなっていた。
「長崎の町も変わったもんですねぇ...。立派になりましたよ、ほんとに」
盆に帰ってきた霊魂たちは、15日にどんな思いで現世を旅立つのだろうか。あるいは 誰かの肉体に降り立ち、ふるさとを懐かしみつつ何気ない会話を楽しんだりすることも あるのではないだろうか。
目的地に着き車を降りると、タクシーは音もなく走り出した。会社のマークをかたどっ た屋上灯が、なぜか精霊船の灯りのように見えた。タクシーは、街灯のない夜の道にゆ っくりと消えていった。"
2007年08月31日
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