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NCCアナウンサー 溝田 浩司ブログ
詩人
"詩人、藤川幸之助さんに初めてお会いしたの
は、小学校の薄暗い校長室だった。もう数年
前のことになるが、私たちは、その小学校で
開かれた研究授業に招かれ、たしか「言葉」
かなにかをテーマに話をすることになってい
た。アナウンサーという職業柄、このような
依頼はこれまでも何度かあったのだが、「詩
人」という肩書きの方とご一緒したのは、た
しかその時がはじめてだったと思う。
いま思うと大変失礼なことだが、当時私は藤 川さんのことをまったくといっていいほど知 らなかった。詩人というだけで、どこか難し い人なのだろう、などと勝手な想像をしなが ら、校長室の冷たいソファで待っていると、 意外にも若く、そしてやさしい面持ちの藤川 さんが、廊下側のドアではなく、職員室に通 じる別のドアのほうからするりと入ってこら れた。
授業で藤川さんは、言葉をつむぐことの楽し さ、難しさについて話していらっしゃったと 記憶している。いや、正直に告白すれば、実 はあまり覚えていない。自分のことで精一杯 だったから・・・。でも思い出して見ると、 ある作家は先に結末を書いてからストーリー を書き始めるという話や、オノマトペ(擬音 語)辞典について話していらっしゃったと思 う。そして、私はその日以来、藤川幸之助と いう人を忘れられなくなってしまった。これ が俗に言うファンというものかも知れない。
そのわけは、藤川さんの詩もさることながら 、「藤川幸之助」という人物そのものに惹か れてしまったからにほかならない。半日しか 一緒にいたことのない人を、軽々しく分析し てしまうのはとても失礼なのだが、一言で言 えば両手に強さとやさしさを抱えながら、裸 で歩いている、どこか人間くさくて透明な感 じのする人だと思う。以前、小学校の教師を されていたそうだが、こんな人こそ教育現場 に必要な人材ではないかと私は勝手に考えて いる。
その藤川さんが、このほど一冊の本を出され た。「君を失って、言葉が生まれた」(ポプ ラ社)たまたま書店で見つけて妻と二人で読 んだ。言葉ひとつひとつに心動かされ、涙が あふれた。この詩についてどんな言葉を並べ てもしらけてしまうだけなので、いまここで 詩について書くのはよそう。ただ、いとも簡 単に命が失われていくこの時代に、一人でも 多くの人に、この言葉が届けばと思っている 。命をかけた詩を、どうか多くの人に読んで ほしいと願っている。"
いま思うと大変失礼なことだが、当時私は藤 川さんのことをまったくといっていいほど知 らなかった。詩人というだけで、どこか難し い人なのだろう、などと勝手な想像をしなが ら、校長室の冷たいソファで待っていると、 意外にも若く、そしてやさしい面持ちの藤川 さんが、廊下側のドアではなく、職員室に通 じる別のドアのほうからするりと入ってこら れた。
授業で藤川さんは、言葉をつむぐことの楽し さ、難しさについて話していらっしゃったと 記憶している。いや、正直に告白すれば、実 はあまり覚えていない。自分のことで精一杯 だったから・・・。でも思い出して見ると、 ある作家は先に結末を書いてからストーリー を書き始めるという話や、オノマトペ(擬音 語)辞典について話していらっしゃったと思 う。そして、私はその日以来、藤川幸之助と いう人を忘れられなくなってしまった。これ が俗に言うファンというものかも知れない。
そのわけは、藤川さんの詩もさることながら 、「藤川幸之助」という人物そのものに惹か れてしまったからにほかならない。半日しか 一緒にいたことのない人を、軽々しく分析し てしまうのはとても失礼なのだが、一言で言 えば両手に強さとやさしさを抱えながら、裸 で歩いている、どこか人間くさくて透明な感 じのする人だと思う。以前、小学校の教師を されていたそうだが、こんな人こそ教育現場 に必要な人材ではないかと私は勝手に考えて いる。
その藤川さんが、このほど一冊の本を出され た。「君を失って、言葉が生まれた」(ポプ ラ社)たまたま書店で見つけて妻と二人で読 んだ。言葉ひとつひとつに心動かされ、涙が あふれた。この詩についてどんな言葉を並べ てもしらけてしまうだけなので、いまここで 詩について書くのはよそう。ただ、いとも簡 単に命が失われていくこの時代に、一人でも 多くの人に、この言葉が届けばと思っている 。命をかけた詩を、どうか多くの人に読んで ほしいと願っている。"
2006年12月29日
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