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NCCアナウンサー  溝田 浩司ブログ:2006年12月

詩人

"詩人、藤川幸之助さんに初めてお会いしたの は、小学校の薄暗い校長室だった。もう数年 前のことになるが、私たちは、その小学校で 開かれた研究授業に招かれ、たしか「言葉」 かなにかをテーマに話をすることになってい た。アナウンサーという職業柄、このような 依頼はこれまでも何度かあったのだが、「詩 人」という肩書きの方とご一緒したのは、た しかその時がはじめてだったと思う。

いま思うと大変失礼なことだが、当時私は藤 川さんのことをまったくといっていいほど知 らなかった。詩人というだけで、どこか難し い人なのだろう、などと勝手な想像をしなが ら、校長室の冷たいソファで待っていると、 意外にも若く、そしてやさしい面持ちの藤川 さんが、廊下側のドアではなく、職員室に通 じる別のドアのほうからするりと入ってこら れた。

授業で藤川さんは、言葉をつむぐことの楽し さ、難しさについて話していらっしゃったと 記憶している。いや、正直に告白すれば、実 はあまり覚えていない。自分のことで精一杯 だったから・・・。でも思い出して見ると、 ある作家は先に結末を書いてからストーリー を書き始めるという話や、オノマトペ(擬音 語)辞典について話していらっしゃったと思 う。そして、私はその日以来、藤川幸之助と いう人を忘れられなくなってしまった。これ が俗に言うファンというものかも知れない。

そのわけは、藤川さんの詩もさることながら 、「藤川幸之助」という人物そのものに惹か れてしまったからにほかならない。半日しか 一緒にいたことのない人を、軽々しく分析し てしまうのはとても失礼なのだが、一言で言 えば両手に強さとやさしさを抱えながら、裸 で歩いている、どこか人間くさくて透明な感 じのする人だと思う。以前、小学校の教師を されていたそうだが、こんな人こそ教育現場 に必要な人材ではないかと私は勝手に考えて いる。

その藤川さんが、このほど一冊の本を出され た。「君を失って、言葉が生まれた」(ポプ ラ社)たまたま書店で見つけて妻と二人で読 んだ。言葉ひとつひとつに心動かされ、涙が あふれた。この詩についてどんな言葉を並べ てもしらけてしまうだけなので、いまここで 詩について書くのはよそう。ただ、いとも簡 単に命が失われていくこの時代に、一人でも 多くの人に、この言葉が届けばと思っている 。命をかけた詩を、どうか多くの人に読んで ほしいと願っている。"

喪中の葉書

"毎年、この季節になると喪中の葉書を何枚か 頂く。今年も一枚の葉書がポストに届いた。

喪中につき年末年始のご挨拶をご遠慮申し上 げます
(前田秋信 83歳死去)

奥様と思われる名前が住所とともに記されて いる。薄墨の縁取りがある葉書を手にしなが ら、私はポストの前で11年前の出会いを思 い起こした。

前田さんは旧陸軍の特別操縦見習士官だった。 いわゆる特攻兵である。95年4月。戦後5 0年の特集記事を担当していた私は、当時の 森山町唐比の自宅に前田さんを訪ねた。

「とんでもないですよ」。戦争映画に出てく る特攻シーンを見て、「かっこいい」といっ た若者の話をしながら、前田さんはそう言い 放った。腹の底からなにかを吐き捨てるよう な言葉に、一瞬メモをとる手を止めたのを覚 えている。前田さんは唇を震わせながら話し を続けた。

カメラを止めたあとも、私はしばらく特攻兵 のこと、戦塵に消えた戦友のことなどについ て話を聞いた。前田さんは、当時の写真や資 料を示しながら、熱心に話してくださった。 4月13日、私は前田さんの証言を5分40 秒のVTRにまとめて放送した。

取材後、前田さんとは、ついに一度も会うこ とはなかった。しかし年賀状だけは毎年欠か すことはなかった。

「御活躍の様子いつもテレビで拝見していま す・・・」

力強い毛筆の年賀状は、いつも盛り上が るような漆黒の墨で書かれていた。

私は、取材のあと前田さんから一冊の本を頂 いていた。「落花の風 今語る特攻の真実」 前田秋信著。当時、一通りしか目を通さなか ったその本を取り出して読み返してみた。最 後に書かれた文章を、一部ここに紹介するこ とをお許しいただきたい。

「戦前、戦中、私のいのちを私の思い通りに 生きていくことは出来なかった。私以外の力 によって、私のいのちは左右されて来ていた。 (中略)これからは、新しい私のいのちを、 自分で生きよう、と思った。そして、改めて 最後に死ぬ時、悔いのない自分を生きてきた ことに満足して死ねるようになりたいと思っ た」(「落花の風」より)

実は、終戦記念日の少し前に、前田さんのご 自宅に電話をかけていた。ご家族によると 「病気のため取材は受けられない」とのこと であった。そのときは、いつかお見舞いにで も、と思い電話を切った。しかし、そのおよ そ1ヵ月後に前田さんは亡くなっていたのだ。 もう一度お会いしたかった。残念でならない。

前田さんは、戦争という「愚行」を二度と許 さないために、信念を持って戦争の真実を語 り続けた人だった。きっと、悔いのない人生 を送られたことと思う。
「前田さん、安らかにお眠りください。そし て、ありがとうございました」"

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溝田 浩司

1990年4月入社
福岡県出身
福岡大学卒
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