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NCCアナウンサー 溝田 浩司ブログ
東京3
"坂の多い長崎に比べてトーキョーは自転車がものすごく多い。近くの買い物には自転車が便利なため、私も越してきた翌日には20インチの小さな赤い自転車を購入した。自転車に乗るのはクラブ活動をしていた中学生のとき以来だ。学生服のころを思い出しながらペダルを踏むと、街の風景がゆっくりと動き始めた。
自転車には悲しい思い出が二つある。一つは小学生のころだ。自転車に乗っていた同級生のT君が、私の自宅近くのカーブで車にはねられたのだ。T君が救急車に運ばれると、くっきりと血の跡が残るアスファルトの前に女性が泣き崩れていた。それがT君の母親だったのか、車の運転手だったのかはわからない。T君は幸いにも一命をとりとめた。言葉に障害が残ったが、たしか2学年ほど遅れて復学し卒業したはずだ。
もう一つは中学生の時のことだ。同じ剣道部のO君がやはり車にはねられたのだ。O君は即死だったと記憶している。弔問に訪れた僕達にオレンジジュースを出してくれた母親の顔が今も忘れられない。
トーキョーでは車と自転車の交通死亡事故などニュースにならない。せいぜい、年末に死亡事故の統計記事が流れる程度だ。だが、その数字の一つ一つには血のような涙が流れていることを忘れてはいけないと思う。"
自転車には悲しい思い出が二つある。一つは小学生のころだ。自転車に乗っていた同級生のT君が、私の自宅近くのカーブで車にはねられたのだ。T君が救急車に運ばれると、くっきりと血の跡が残るアスファルトの前に女性が泣き崩れていた。それがT君の母親だったのか、車の運転手だったのかはわからない。T君は幸いにも一命をとりとめた。言葉に障害が残ったが、たしか2学年ほど遅れて復学し卒業したはずだ。
もう一つは中学生の時のことだ。同じ剣道部のO君がやはり車にはねられたのだ。O君は即死だったと記憶している。弔問に訪れた僕達にオレンジジュースを出してくれた母親の顔が今も忘れられない。
トーキョーでは車と自転車の交通死亡事故などニュースにならない。せいぜい、年末に死亡事故の統計記事が流れる程度だ。だが、その数字の一つ一つには血のような涙が流れていることを忘れてはいけないと思う。"
2005年11月21日
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