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NCCアナウンサー 溝田 浩司ブログ:2005年11月
東京4
"満足に花を咲かせることのできぬまま季節を終えたコスモスのかわりにミニ葉ボタンを植えた。脇を固めるのはポリゴナム・ビクトリーカーペット。たいそうな名前だが何のことはない。長崎でも道端でよく見かける地味な草花だ。まず花屋で売られていることに驚嘆し、さらに立派な名前まで付いていることに感動し、そして一株250円という値段に卒倒しながらも、よく見るとなかなかかわいいものだからつい2株も買ってしまった。いずれも耐寒性に問題なし。先週仲間入りした桃色のデンマークカクタスとともに、ベランダならぬ室外機置き場を彩っている。
先日自転車でクリーニングを出しに行った帰り道、ソメイヨシノの桜並木を見つけた。足元には夕日色に染まった落ち葉が重なりあっている。ツツジの植え込みには、緑を覆い隠すように落ち葉が降り積もっていた。自転車を押しながら並木道を歩いてみた。サクサクと気持ちのいい音があたりに響いた。立ち止まってふと空を見上げると、落ち葉が惜しげもなく降り注いでいた。"
先日自転車でクリーニングを出しに行った帰り道、ソメイヨシノの桜並木を見つけた。足元には夕日色に染まった落ち葉が重なりあっている。ツツジの植え込みには、緑を覆い隠すように落ち葉が降り積もっていた。自転車を押しながら並木道を歩いてみた。サクサクと気持ちのいい音があたりに響いた。立ち止まってふと空を見上げると、落ち葉が惜しげもなく降り注いでいた。"
2005年11月28日
東京3
"坂の多い長崎に比べてトーキョーは自転車がものすごく多い。近くの買い物には自転車が便利なため、私も越してきた翌日には20インチの小さな赤い自転車を購入した。自転車に乗るのはクラブ活動をしていた中学生のとき以来だ。学生服のころを思い出しながらペダルを踏むと、街の風景がゆっくりと動き始めた。
自転車には悲しい思い出が二つある。一つは小学生のころだ。自転車に乗っていた同級生のT君が、私の自宅近くのカーブで車にはねられたのだ。T君が救急車に運ばれると、くっきりと血の跡が残るアスファルトの前に女性が泣き崩れていた。それがT君の母親だったのか、車の運転手だったのかはわからない。T君は幸いにも一命をとりとめた。言葉に障害が残ったが、たしか2学年ほど遅れて復学し卒業したはずだ。
もう一つは中学生の時のことだ。同じ剣道部のO君がやはり車にはねられたのだ。O君は即死だったと記憶している。弔問に訪れた僕達にオレンジジュースを出してくれた母親の顔が今も忘れられない。
トーキョーでは車と自転車の交通死亡事故などニュースにならない。せいぜい、年末に死亡事故の統計記事が流れる程度だ。だが、その数字の一つ一つには血のような涙が流れていることを忘れてはいけないと思う。"
自転車には悲しい思い出が二つある。一つは小学生のころだ。自転車に乗っていた同級生のT君が、私の自宅近くのカーブで車にはねられたのだ。T君が救急車に運ばれると、くっきりと血の跡が残るアスファルトの前に女性が泣き崩れていた。それがT君の母親だったのか、車の運転手だったのかはわからない。T君は幸いにも一命をとりとめた。言葉に障害が残ったが、たしか2学年ほど遅れて復学し卒業したはずだ。
もう一つは中学生の時のことだ。同じ剣道部のO君がやはり車にはねられたのだ。O君は即死だったと記憶している。弔問に訪れた僕達にオレンジジュースを出してくれた母親の顔が今も忘れられない。
トーキョーでは車と自転車の交通死亡事故などニュースにならない。せいぜい、年末に死亡事故の統計記事が流れる程度だ。だが、その数字の一つ一つには血のような涙が流れていることを忘れてはいけないと思う。"
2005年11月21日
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