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NCCアナウンサー 樋口 徹ブログ:2009年1月
岩本氏は熱かった②何かが足りない
"Vファーレンの前身、有明SC。
その有明が、県リーグから地域リーグへの昇格戦に臨んだ時のことだった。岩本は感じていた。「このチームに何かが足りない」「そうだ」岩本は量販店に走った。
戻ってきた岩本の手には、選手全員分の白いソックスがあった。ユニフォームは揃えても選手たちのソックスはバラバラだった。Jを目指すチーム。見かけも重要だと感じての考えだった。有明は、見かけも心も一つになり地域リーグ昇格を果たした。一見細かいようにも見える岩本の性格が、このあと、さらにチームの結束力を強くしていった。(一部フィクションです)"
その有明が、県リーグから地域リーグへの昇格戦に臨んだ時のことだった。岩本は感じていた。「このチームに何かが足りない」「そうだ」岩本は量販店に走った。
戻ってきた岩本の手には、選手全員分の白いソックスがあった。ユニフォームは揃えても選手たちのソックスはバラバラだった。Jを目指すチーム。見かけも重要だと感じての考えだった。有明は、見かけも心も一つになり地域リーグ昇格を果たした。一見細かいようにも見える岩本の性格が、このあと、さらにチームの結束力を強くしていった。(一部フィクションです)"
2009年01月31日
岩本氏は熱かった
"JFL昇格を果たしたVファーレン。記念して元監督だった岩本さんのエピソードを少しだけ振り返りたい。
初めて接触したのは岩本さんがまだバリバリの長崎銀行マン兼選手の時代だった。Jリーグを狙うことをまだ、地元紙しか知らない時だった。半信半疑の真意を確かめようと思っている時、岩本さんの携帯番号をゲット。かけた。つながった。1時間半・・・Jリーグへの思いを語る男の言葉は止まらなかった。熱かった。人を引きつける力があった。
電話を切ったあとマジで思った。この人ならやるかもしれない。でも、次は会社からかけようと。"
初めて接触したのは岩本さんがまだバリバリの長崎銀行マン兼選手の時代だった。Jリーグを狙うことをまだ、地元紙しか知らない時だった。半信半疑の真意を確かめようと思っている時、岩本さんの携帯番号をゲット。かけた。つながった。1時間半・・・Jリーグへの思いを語る男の言葉は止まらなかった。熱かった。人を引きつける力があった。
電話を切ったあとマジで思った。この人ならやるかもしれない。でも、次は会社からかけようと。"
2009年01月07日
ゆたんぽ
"この時期ゆたんぽが重宝する。
布団の中に入れて置くと寒い時期でも1日経ってもまだ、温かいのに驚く。
これも暇を持て余した神々の遊びだろうか?"
布団の中に入れて置くと寒い時期でも1日経ってもまだ、温かいのに驚く。
これも暇を持て余した神々の遊びだろうか?"
2009年01月06日
寂しい
やはり冬の球技で地元が上位に残っていないのは寂しい。贅沢な話とは思うが。しかし、長崎日大サッカー部が選手権であげた1勝は称賛に値すると思う。国見以来3年ぶりの1勝。裏を返せば小嶺監督以外のチームが選手権で勝ったのは、おそらく20数年ぶりのこと、貴重な一歩に違いない。もちろん国見の復活にも期待したいが
2009年01月05日
ルネッサーンス
長崎北陽台出身で帝京大4年、馬場圭太選手の活躍に驚いた。といってもラグビーでも野球でもなく。駅伝の選手だ。年末、箱根駅伝の登録選手のネット検索中に名前を見つけ、北陽台OBとは珍しいと思い注目していた。往路4区を任され12位から5位の7人抜きしかも区間新の快走を見せてくれた。高校時代は、王者・諫早高校の前に全国を走ることはなかったが、2年前、学連選抜で箱根を走り、大学最後の年、自分の大学のたすきをかけエースの名前にふさわしい有終の美を飾った。年明けから明るい話題を提供してくれた馬場選手に乾杯!今年もマニアックなネタから入らせていただきました。
2009年01月02日
出演番組
- スーパーJチャンネルながさき
- 高校野球などスポーツ中継
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